16. 丸く

 猫は炬燵こたつで丸くなる。

 あまりに有名なこの童謡を、もちろん私も知っていた。


 だから、うちの猫はうかつに炬燵に近づけないように気をつけていたのに。

 学校から帰ってくると、オリエンタルショートヘアのケティが、炬燵で丸くなっていた。

 それはもう見事に、北海道みやげのマリモよりも丸い球体に変容していた。

 スマートで格好よかったシルエットも、

 細くきゅっとしまっていた脚も、

 すらっと伸びていた尻尾も、

 ぴょこんとおおきくて可愛かった耳も、

 すべてが無機質な球形のなかに溶けこんでしまっていた。

 声をかけても、撫でてみても、丸い表面にはね返されるかのように、ケティはもう鳴きも動きもしなかった。


「だってねぇ。寒そうにしてたからねぇ」


 監督不行ふゆき届きをめても、炬燵こたつの主であるお婆ちゃんは、歯切れわるく言い逃れるだけだった。

 当の炬燵にいたっては、我関せず、と言わんばかりに、四角い天板をでんと広げて黙りこくっているだけだ。

 その四角四面の天板をにらんでいるうちに、胸のなかがささくれ立ってくる。

 

 なんであんたはそんなに四角いままでいられるのよ。

 ケティをこんなに丸くしておいて。

 なによ90度の角を四つもそろえて。

 喧嘩でも売ってるつもりなの。


 炬燵のだす熱にあてられたように、私の怒りはまたたく間に沸点を越えてしまって。

 納戸なんどへ走ってゆくと、お爺ちゃんが使っていたかんなを手にし。

 座敷へと戻って炬燵へと襲いかかった。

 思い知ったか。

 またたく間に、炬燵は角という角をけずられ、ケティよりも丸い姿になって転がった。

 ざまあみろ。

 鉋を持ち直すと、炬燵を失ってわたわたとあわてているお婆ちゃんに標的を定めた。

 ケティが丸くなるのを見殺しにした罰だ。

 手も、足も、肩も、腰も、鼻も、耳も、しわも。

 おばあちゃんは角という角をけずられ、みごとに丸くなって転がった。

 もはや私は止まらなかった。

 家じゅうのあらゆる角を、けずって、けずって、けずり倒した。

 お母さんも、お父さんも、お姉ちゃんも、弟も、お爺ちゃんの位牌も、あらゆる角を削られて丸くなって転がった。

 家の外に飛び出た私は、そのまま目につくあらゆるものの角をけずって回った。

 人も、物も、地面も、海も、空も。あらゆる角をけずって、けずって、けずって、けずり尽くした。

 こうしてゆけば、いつかは宇宙そのものを丸くすることができるだろう。

 そうしたら、丸くなった宇宙をめぐって、元の姿のケティが還ってくるかも知れない。

 そんなことを思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る