14. 稜将軍

 家の裏には隙間すきまのようなせまい庭があり、そこにりゃん将軍が立っていた。

 岩を積み重ねたらおぼろげな人のカタチになっていた、という造形だった。てっぺんの岩には何となく人の顔じみたしわが走り、「将軍」と呼んでもまあ良さそうな怖ろしげな風貌ふうぼうを浮かべていた。

 祖母はもともと大陸奥地の某国の生まれだそうで、りゃん将軍をわが家に持ちこんだのはこの祖母であるらしい。食事のたびに祖母はもう一人ぶんを用意させ、りの盆に配膳し、あぶらくさいいびつな蝋燭の火をえる。

 サッシを開けて庭へおり、りゃん将軍の前に盆を置いて、何やら祈りらしい文句を長々と唱えるのだった。


 祖母が死ぬと父はさっそく、りゃん将軍をとり壊そうと工事業者を呼んだ。トラックに乗った業者はわが家につくまえに見晴らしのよい国道で事故をおこし、頭はつぶれて跡形もなかったという。

 工事業者の死亡事故が片手の指にあまる頃になると、わが家はすっかり訳あり物件として名をとどろかせるようになっていて、他県の業者すら応じてくれなかった。家ごと売ろうにも、風評はすでに不動産業者にも及んでいるらしかった。

 すっかりせた父に私は「おはらい」を勧めた。合理主義者を自負していた父も、私が教えたネット上のオカルトコミュニティに相談し、しかるべき霊能者をさがし始めたようだ。


 りゃん将軍のための新たな犠牲を集めてくれる父を背に、部屋へもどった私は、獣からしぼったあぶらで蝋燭をこねる作業をしばらく続けたあと、ベッドに横たわって目をとじる。

 まぶたの裏にうつるのは、見も知らぬ異国の風景。荒涼とてついた高原。

 そびえ立った城塁のうえには、見上げるように巨大なりゃん将軍が立ち、灰色の地平線をにらみすえている。

 その足元、城塁のてっぺんには祖母がいる。

 城塁を形づくる無数の犠牲の骨のうえに横たわり、髑髏どくろの盃で紅い酒を紅い唇に流しこんでいる。永遠の若さと命とを授かった祖母は、私にそっくりな顔で、招くような笑みをむけてくる。

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