13. 杜

 倉戸くらと神社の広大な神域は、深いもりに占められている。奥へと分け入れば人跡未踏の密林をも思わせる森である。

 問題の穴があるのは、社殿の裏手をわけ入った、もりの最奥ともいうべき場所だ。崖にぽっかりと口をあけた穴は、底知れぬ暗さをたたえながらも、中に入りこんでみたいという誘惑を吹きかけてくる。

 公式な調査にしろ、余人の酔狂にしろ、実際に踏みこんだ者は多い。しかしながら、穴の果てを見きわめて戻った者は一人としていない。

 多くは、果てにたどり着く前に引き返しているのだ。深くなる闇、険しくなる足元、底へ底へとくだってゆく道筋、何より、何時間歩こうとも果てる気配のない穴そのものに恐怖をおぼえ、安全な撤退をえらぶ者がほとんどだった。

 問題は、それに当てはまらない少数である。彼らがはたして穴の奥底にたどり着けたか、それも明らかにならないまま、彼らは生きて穴から出てくることはなかった。

 それが憂慮され、現在では、穴の周囲には金網ばりのフェンスが設けられて不用意な侵入者をはばんでいた。


 フェンスが破られ、穴の入り口に靴跡がきざまれているのが発見されたのが、二週間前のことである。

 近年、インターネットを通じて穴の存在が全国に知られ、好奇にかられて境内に侵入してくる見物人の一人であろうと思われた。

 宮司はすぐにフェンスを修復しようと考えたが、問題があった。

 穴に踏み入った不心得者ふこころえものは出てくる気配もなく、捜索隊もこれまでと同じく、手ぶらで引き返してくるだけだったのだ。

 穴は深く広い杜で神社から隔てられ、ましてや宮司が夜をすごす自宅、兼、社務所からはなお遠い。消耗した遭難者が穴から脱出してきた場合、フェンスに囚われたまま発見されるまで何時間も戸外で過ごし、生命の危機に襲われることになる。

 思案のすえ、フェンスの破られた箇所かしょは錠前つきの金属扉に改装した。そしてフェンスの内側にスイッチを取りつけ、社務所に備えつけたブザーを鳴らすことができるようにした。遭難者が脱出してスイッチをおせば、夜間でもすぐにけつけ、扉をあけて救助できる訳である。


 工事が完了して十日あまり過ぎた晩、けたたましいブザーの音にけつけた宮司がフェンスの扉をあけて目にしたのは、地に倒れふす男の姿だった。

 スイッチにかけられた手は土の色をしていた。全身がふくれ上がり異臭を放っていた。かけつけた救急隊によってただちに死亡と判断された。

 検死の結果、死後およそ一週間が経過していることが判明した。


 穴はコンクリートで埋められ、いまや裏のもりに侵入しようという者もいない。

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