4. 家出

「ヒロちゃーん。どこなの? もうとっくに帰る時間よ」


 夕暮れの原っぱだった。いつも帰りの遅くなった時とかわらない。ぼくを探しにきた母さんの声が響いてくる。


「ぜったいに出ちゃダメだぜ」


 ヨッちゃんが、ぼくの脚を、爪先でつつきながらささやいた。


「大丈夫だ。こうやって草に沈むようにしてれば、畦道あぜみちからは見えないさ」


 コウ兄ちゃんが、低くつぶやいた。黒いソフト帽を、顔がかくれるくらい深くかぶってるのが、なんだかカッコいい。


 真っ赤な夕焼け空、その夕焼けにてらされて真っ赤な原っぱ。ふたつの間に畦道が青黒くのびて、その上にやっぱり青黒く、母さんの姿が影になって見える。


「ヒロちゃん、いるんでしょ? いい加減にでてきなさい」


 広く、赤い原っぱに響く母さんの声は、家のなかで聞く声とはぜんぜん違って聞こえる。


「わかってるよな。ぜったいに行くんじゃねぇぞ。何てったって、家出するんだからな」


ひそひそいうヨッちゃんの声は、なんだか固い。


「ヒロちゃん! 晩ゴハンをすっぽかすだなんて、ちゃんとした大人になれないわよ!」


 母さんの声が、ぴしりとしたものに変わった。


 と同時に、母さんの影も、ますます高く黒く、赤い夕空へと伸びていく。


「そんなもの、誰がなるもんか」


 それだけ言って、ヨッちゃんは草の中を駆け出した。


 するどい爪と長い毛のはえた足は、音も立てずに草をかきわけていく。


「わかってるな。晩ゴハンを食べさせられたら、今度こそオワリだぜ」


 ソフト帽の下からつき出たクチバシで言うと、コウ兄ちゃんもシャカシャカと走り出す。


 ぼくも七本の脚をぜんぶ動かして、ゼンソクリョクで二人の後をおいかけた。


 最後にふりかえると、夕焼け空をかくすくらい膨らんだ母さんの影が、三本の手にいっぱい晩ゴハンをつかんで、こっちへ伸びてきていた。

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