第十四夜 夏の夜の夢

足下に、寝息を立てるひとりの女がいる。

吐瀉物を口の周りにつけたまま、気持ちよさそうに眠っている。

嫌な臭いだと思っているのに、顔を背けることができない。

ただ髪を優しくなでている。


彼女は僕の飼い猫だったはずだ。

昨日の晩、嘔吐を繰り返す様子に慌てて、夜を徹して看病したのだ。


今、こうして人の姿をしている理由がわからない。

なのに、その理由を考えようとも思わない。

僕の胸の内を占めるものというのは、妻に対する罪悪感が少しと、あとは女への慈愛の念で満ちている。


特別かわいいわけではない。身体は痩せ細っていて、とても僕の好みではない。臭いもひどい。

なのに僕は彼女に対する前向きな感情を否定することができない。


妻に咎められたらどうする。

そんな焦りはあるのに、彼女の顔をなで、髪をすく自分の行為を止められそうにない。

罪悪感や背徳感そのものを楽しんでいるのかもしれない。そんな予感が沸き起こったとき、唐突に彼女が起き上がった。


丸い、蠱惑的な目を持っている。

そんな目でいすくめられたら、僕は君を抱きしめるしかない。

細い彼女の身体を力いっぱい抱きしめたとき、僕の頭の中は麻薬にも似た多幸感で満たされていた。

気づけば深い吐息を漏らす彼女の口を手で塞ぎ、その存在を確かめていた。


飼い猫の擬人化に疑問を抱くより先に、その髪に平然と顔を埋める僕の狂気や煩悩の罪深さといったらない。

これが到底長くは続かない、一時の夏の夢だと知っていたとしても。

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夢百景。 @wicked_littletown

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