最終話 ありがとう!嬉しいよ勇者!!

チュンチュン チュンチュン


「おい、起きろ。起きろ勇者。朝だぞ」


「起きろ。起きろって言ってるだろ。……全く、世界を救っても君は本当に変わらないな。少しは成長したらどうなんだ。ああ、もう、早く起きろ」


 うぅん…なんか…賢者(♂)の声が聞こえる……


「いいから起きるんだ勇者。これで三度目だぞ。これで起きないというのなら…」

「おはよう!!」


 賢者(♂)の警告が耳に入った瞬間に意識が覚醒し、跳ね起きる。


「ああ、おはよう勇者」


 賢者(♂)はここ最近よくするようになった優しい笑顔をし、凍結呪文の詠唱を中断して挨拶を返してくれた。




◆ ◆ ◆




 魔王を倒した後、お城へ戻った自分達を待っていたのは沢山の賞賛と貴族たちの祝賀祝勝パーティの数々だった。

 というのも、仲間達の何人かは貴族の息子だったり娘だったりするのでメインのお城での祝賀パーティー以外にも身内のパーティーがいくつかあり、自分は一番の功労者という事でその全てに呼ばれたのだ。

 貴族の偉い人が何人か話しかけてきたけど、側には賢者(♂)が付いていてくれたからちゃんと粗相なく話を出来たと思う。

 賢者(♂)も賢者(♂)で色んなパーティーに誘われていたらしいけど、自分が心配だからと全部に付いて来てくれた。本当に賢者(♂)には感謝しかない。

 ただ、流石にフォーマルにも使えるとはいえ未だにゆったりしたローブを着ていて髪も解いたままなのは失礼じゃないのか気になった。もっとビシッとした礼服持ってるはずなのに。


「おはよう…」

「おう、おはよう!」


 自室からリビングに移り、朝から元気な父親に挨拶をする。

 昨晩はようやく最後のパーティが終わり、実家の宿屋に帰ってきてから直ぐに寝てしまった。

 幼馴染の賢者(♂)の家は隣なので、旅の前はこうやってよく起こしに来てくれたものだ。


「賢者(♂)ちゃんは卵はどうする?」

「今日は勇者の奴に合わせてください」

「ま、仲良しなのねぇ」


 両親の居ない賢者(♂)はこうやってよくうちで食事をする。

 母親も父親も賢者(♂)の事を義理の息子みたいに思ってると思う。下手すると自分より仲良いし。


「勇者よ、魔王を倒したからには宿屋を継いで貰うぞ」

「は?魔王を倒せば自由にしていいって約束だったじゃん!」


 椅子に座るなり旅の前の約束を反故する父親に思わず声を荒げる。


「何を言うんだ。魔王を倒して平和になったからこそ宿屋を継ぐんだぞ。平和になれば旅人が増えて稼げるじゃないか」

「も、もしかしてその為にあんなにあっさり…」

「おう、王様からの勅命ってのもあったけど、最終的にはうちの利益の為だ」


 なんて親だ。利益のために息子を魔王討伐へ向かわせるなんて。


「義父さんの言う事も一理あるぞ、勇者」


 賢者(♂)が半熟の目玉焼きの乗ったお皿を運びながら自分の隣に座る。

 ………あれ、今なんかおかしな言葉を聞いたような。


「そうよ勇者。賢者(♂)ちゃんを養う為にも安定した職は大事なのよ?」


 続いて母親が父親の横に座りながらそう言う。

 んん?自分が賢者(♂)を養う?なんで?


「え、養うの?」


ガシャーン パリーン ガランガラン


 自分の何気ない疑問の一言で父親はフォークを落とし、母親は皿を落とした。

 え、え、なにこの空気。え?


ガバッ!!! ガタンッ!! ガシャーン!!


「お前ぇぇぇ!!この期に及んで何をっっ!!!」

「お父さん止めてぇぇぇ!!私の育て方が悪かったのよぉぉぉ!!!」


 は?は?なに、なにこれ?なんで父親に首元掴まれてガックンガックン揺さぶられながら怒られなきゃいけないの?なんで母親はあんな号泣してんの?なんで?

 魔物の戦うのに比べたら全然余裕で耐えれるけど、なんで?


「お義父さん、お義母さん、止めて下さい。僕が話します」

「………そうか、分かった」

「賢者(♂)ちゃんがそう言うのなら…」


カチャカチャ ガタタ


 父親と母親の二人は賢者(♂)の言葉を聞くと急に大人しくなり、きちんと席に戻って座る。でもテーブルの上の料理はぐちゃぐちゃだし、お皿も割れてる。

 というか、やっぱ聞き間違いじゃなかった。


「勇者、君は忘れてしまったのか?」

「忘れるって、何を?」


 賢者(♂)は瞳をうるうるとさせながらこちらを見て話す。

 あれ、賢者(♂)ってこんな顔してたっけ?なんか可愛く見える。


「ここに、君の子供が居る事だよ」


 そう言って、賢者(♂)はこちらの手を掴んで自分の下腹部へと誘う。

 ローブに隠された賢者(♂)のお腹はそれほど筋肉が付いていなくて華奢だが、一部分がしっかりと膨らんでいた。

 え、膨らんでる?生命も感じる?


「街に戻ってきた日に言ったじゃないか。万が一の時のために決戦用強化式出産で勇者の遺伝子も僕のお腹に入れていて、決戦で勇者が生きていたからそのまま子供になったって」

「ええ!!?」


 聞いてない。絶対に聞いてない。聞いてたらこんなに驚いてない。

 っていうか産む気なの?なんで?賢者(♂)は男じゃん!男が出産って。


「もしかして覚えてないのか?王から受勲した後に城の展望室で星を見ながら話したじゃないか」


 なにそのロマンチックなイベント。

 あ、でも、なんとなく展望室に行ったような記憶はある…。でもあの時は色々あって疲れていたし、記憶が曖昧で…


「そんな事…」


 あったっけ?と言おうとしたが、瞳をうるうるさせている賢者(♂)の手が震えているのに気付いて途中で言葉を止めた。

 いやいやいやいや、そういうイベントって男女で行う物じゃん?僧侶(♀)とか、魔法使い(♀)とか、遊び人(♀)とか、盗賊(♀)とか。

 特に僧侶(♀)とは結構良い感じだったんだよ?自分を癒してくれる時は常に笑顔だったし、遊び人(♀)もお金払えばデートしてぱふぱふしてくれたし。


 でも、賢者(♂)にこんな顔されたら強く断れない。ずっと一緒に居たのに賢者(♀)がこんな弱気な顔しているのは初めてだ。


 しかし、男と結婚は嫌だ。そして男同士で子持ちになるのは嫌だ。まだ遊びたいし宿屋も継ぎたくない。

 何か、何か無いのか。賢者(♂)を傷付けずに済む、何かが。


『勇者よ、聞こえますか…勇者よ…』


 この声は、精霊様!!


『勇者よ、よくぞ魔王を倒しました。流石は私の選んだ勇者です』


 精霊様、良い所に!

 そうだ、精霊様から『まだ魔王の残党が居る』とか『新しい魔王が出た』とか言って貰えばいいんだ。そうすれば少なくとも宿屋は継がなくて住む!


(精霊様!どうか聞いてください、このままでは賢者(♂)と結婚して子持ちになってしまいます!どうか助けてください!)


 心の中で精霊様に向けて念じる。前もこうやって宿屋を継ぎたくないからと願う事で加護を貰って勇者になったんだ。今回もどうにかなってくれ。


『勇者よ、その願いは聞き届けました。急に父親になるのは驚きますよね』


 流石精霊様!話が分かる!


『しかし勇者よ、その願いを聞き入れることは出来ません』


 え、どうして…


『長髪イケメンメガネツンデレ幼馴染の妊娠メス堕ちエンド、有りだと思います』


「有り!!?」

「あり?合ったという事か?ちゃんと覚えていてくれたんだな、勇者!」


 先ほどまで涙目だった賢者(♂)が急に笑顔になり、手を握ってくる。

 違う、そうじゃない。今のはそうじゃない。


「もしかして照れ隠しかしら?でも賢者(♂)ちゃんを泣かしちゃダメよ?これからパパになるんだから」

「そうだ勇者よ。父親として相応しい男になるのだぞ」


 違う、違うんだ。

 こんな結末は望んじゃいないんだ。誰か、誰か助けてくれる人は…


「母親としては未熟な僕だが、これからしっかりと勉強して君の妻に相応しい存在になろうと思う。だから、君も立派な父親になってくれ、この子の為にも」


 そんな事そんな顔で言われたら逃げれないじゃん…


「分かった…立派な父親になります……」

「ありがとう!嬉しいよ勇者!!」


 賢者(♂)は今までに見たことも無い笑顔で喜んだ。


 それは男だけど、思わずドキッとする程の飛び切りの笑顔だった。

 

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パーティーの賢者(♂)が妊娠した @dekai3

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