第3話〜おなかとおかおがくっつくぞ〜
なぜなぜ?フォレストから帰宅したイエイヌと子犬の間に重い沈黙が立ち込める。
リビングの真ん中で子犬におすわりを命じ、自分もその正面におすわりすると、イエイヌはじっと子犬の目を見た。
しかし子犬は頑としてイエイヌと目を合わせようとしない。落ち着きなく視線を地面の上に動かしては、時折ちらりとイエイヌの方を見るだけ。
しんと静まり返った室内で先にその静寂を破ったのはイエイヌだった。
「――さて。どうして私が怒っているのか、頭のいいあなたならわかりますよね?」
「く、くぅ~ん?」
子犬が首を傾げる。ようやくこっちを見たと思ったらどうやらこの期に及んでまだ白を切るつもりらしい。
つまりこの子には悪いことをしたという自覚がある。そういうところがまた頭がいいと感心してしまうのだが、今そのことを口にするとつけ上がらせてしまうような気がして、そっと心に留めておくことにした。
そう、今は褒める時ではなく、叱る時なのだ。
犬のしつけの鉄則は『その場で、すぐに、叱る』の3Sだ。
しかしそのうちの『その場で』と『すぐに』は既に失敗しているので、あとイエイヌにできることは『叱る』だけとなる。
感情的になってはいけない。子犬に、なぜいけないのかをしっかり話し、正しい行動を教えてあげるのだ。あくまでも怒るのではなく、叱ることが大事なのである。
「私は今と~っても怒っています! なぜならあなたが私の言うことを聞かないで勝手にいなくなったりしたからです! 私がどれだけ心配したかわかってるんですか!? それでやっと見つけたと思ったら、よくわからないまっくろくろすけと楽しそうに遊んでるじゃないですか! 何ですかあの二人は!? 遊び相手だったら私がいるじゃないですか! もっと私と遊びましょうよ、さぁ! さぁさぁ!」
それまで静かだった部屋にイエイヌの怒号が鳴り響いた。頭に浮かんできた言葉をまくし立てるように浴びせ、途中から自分でも何を言っているのかわからなくなる。それを見かねた子犬がまあまあ、と諌めた。
「はっ!? 私としたことがつい……すみません」
「わうん、わうん」
「――じゃなくて! 私は勝手にいなくなったり、知らない人と遊んだりしちゃ駄目だって言ってるんです。そんなことばっかりしてる子にはお仕置きしちゃいますよぉ~」
イエイヌがニヤリ、と笑う。鋭く尖った牙が鈍い色を含んで光った。
腕を大きく振り上げて顔の前まで持っていき爪を立てる。今にもお前を取って食うぞと言わんばかりの迫力だ。息を吐くように上げた「ヴゥ……」という低い唸り声が子犬の身体を一瞬で強張らせる。
「こ~ちょこちょこちょこちょこちょこちょ~くすぐり攻撃~!」
その瞬間、イエイヌの両手が子犬の脇腹を攻めた。
爪を立てたのはあくまで仕草だけ。その指が艶めかしい動きを伴って縦横無尽に子犬の身体を駆け回る。
驚いた子犬が「キャン!」と叫び声を上げた。
「どうですか!? もうしませんか!? もうしないって約束するまではまだまだ続きますよぉ~!」
そう言って更にくすぐりの手を早める。
最初は何とか抵抗しようともがいていた子犬だったが、ついに我慢できなくなったのか堪らずにお腹を見せた。服従のポーズだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」
「ハッハッハッハッ」
二人とも息が上がっていた。イエイヌが乱れた呼吸のまま覆い被さるようにしてそのお腹に顔を埋める。
「いい香り……」
幸せだ、と思った。
お散歩のあとのお日さまの匂いが顔中に広がる。このもふもふな毛皮と香ばしい香りは他の動物では絶対に味わえない。
そのままの姿勢で「もうこんなことしちゃ駄目ですよ」と優しく嗜めると、子犬も「くぅん」と力なく返事をした。
これで自分も少しは飼い主らしいことができたかな、と少しだけ満足する。
そう言えばこの子のご主人様はどんな方なんだろう。
無邪気で腕白で、でもちょっと抜け目のないこの子を見ていると色んな想像が膨らんだ。きっとこの子のように聡明な方に違いないだろう。いつか会えた時にこの子が駄犬になっていないように自分もしっかりしなくては、と思う。
それと同時に、この子が突然いなくなってしまったことに気づいたご主人様の心境を思うと、早く送り届けなくては、と焦る気持ちも生まれる。
でも――。それまでは――。
「もう少しだけ、この幸せを享受していてもいいですよね」
子犬に身体を預け、そう呟いた。
イエイヌちゃんとシバイヌちゃん こんぶ煮たらこ @konbu_ni_tarako
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