赤いゆらゆら

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

赤いゆらゆら

 たまたま子供が増えたからって、六年ぶりに町内会の行事でキャンプを復活させようということになって、おれと、隣の家のお母さんと、斜向かいに住んでるガタイのいいお父さんと、三人で引率することになった。だいたい車で一時間ぐらいかな。マイクロバスを借りて、そこに小学生を十人詰め込んで、昔からある山間のキャンプ場へ。キャンプファイヤー用の低い石垣を囲むように、テントを設置するスペースが幾つかと、水道が使える調理場があって、脇の川沿いをちょっと歩いたところにバンガローが三軒ほど立ってる。男子は自力でテントを張って、女子と保護者はバンガローだね。テントを立て終わったら、みんなで持ってきた弁当を食べて、それから日中は川遊びやら虫取りやら。こういうのは、今も昔も変わらないね。それから晩飯は定番だけどカレー作って。まあ、あれはそうそう失敗しないからね。定番になるのも分かるよ。そんで陽が落ちたらキャンプファイヤー。ほら、あれ、名前忘れたけど、あの、燃えろよ燃えろよ、炎よ燃えろ~ってやつ。あれ歌って。火が消えたら、最後のイベント。肝試し。言っても、大人が三人しかいないからさ。途中で驚かしたりするようなネタは用意できなくて、ただただ散歩道を真っ直ぐ歩いてカードを受け取ってくるだけ。けど、町中と違って、山の夜ってのは本当に真っ暗で、しぃん……としてるからね。木と木の間、草むらの向こうの暗闇から、何かがこっちを見てる……だんだん、そんな気持ちになってくる。嫌でも想像力が働いちゃって、何も無くても怖いんだよね。で、肝試しが始まった。入口におれ、中間地点に隣のお母さん、ゴールにガタイのいいお父さんが待機して、小学生は二人一組で五分おきに出発する。ゴールまでは、だいたい百メートル。往復して戻ってくるまでにはそれなりに時間がかかるから、最初の一組、次の一組……と出発して、残り二組になったところで、ようやく最初の一組がカードを取って戻ってきた。一組が出発し、一組が戻り……を繰り返して、ちょうど三組……六人が戻って来たところで、なにかが道の向こうで動いた気がした。よぉく目をこらすと、小さな子供の手を引く大人の女性が、こちらに向かって異常な速度で走ってくる。なんだ、と身構えたが、すぐに隣のお母さんだと分かった。手を引かれていたのは、四組目に出発した小学生の男の子。おかしなことに、一人だけだった。お母さんが金切り声を上げて、耳が痛い。息を切らしてるのと混乱してるのとでなかなか聞き取れなかったけど、子供が一人しかいないということは、つまりそういうことだ。おれはすぐに肝試しのルートに入って、途中で最後の一組を捕まえて、そのまま最終地点まで走った。そこで待機していたお父さんに尋ねると、いなくなった子供はここでカードを受け取って、二人で一緒に復路に戻ったらしい。もう一度、お父さんと二人で子供の名前を呼びながら入口へ向かった。ちょうど半分まで来たあたりで、入口から来たお母さんと鉢合わせた。結局、道沿いには誰もいなかった。冷や汗が流れて、ゾッとしたね。他人様から預かった子供だから、余計にだ。心臓バクバクして、お母さんなんか、どうしよう、どうしようって崩れちゃって。大丈夫だからってかけたお父さんの声も震えてた。それで、ふと、見たら。いなくなった子供と一緒に出発した男の子が、無言でどこか指さしてる。道から大きく外れた、何も見えない、真っ暗な草むらの中。なんだ?って訊くと、「あっち」って。あっちと言われても、ただの、真っ黒。けど、行くしかない。ガサガサって、薄い草が足を擦って傷ができた。それから十メートルぐらい歩いたところかな。あれだけ茂ってた草むらが急に途切れて。代わりに、一本の木を囲うようにツルツルした苔みたいのがびっしり、円形に生えてて。そこに、いなくなった男の子がボーッと立ってた。おい、大丈夫かって声をかけたけど、返事をしない。ただ、目の前の木を、首をめいっぱい後ろに倒して、見上げてる。つられて、おれも木の上を見上げた。けど、暗くて何も見えない。視線を下ろして、もう一度ほら帰るぞって声を掛けた。また、返事も無ければ、こっちに顔も向けない。仕方ないから、無理やり左手を掴んで引っ張っていこうとしたら、見上げたまま、右手を上げて視線の先を指した。またつられて、おれも見上げた。あいかわらず何も見えない。それでも、目を凝らしてジッと見ていると……だんだん目が慣れてきたのか、夜の空に木の枝が無数に伸びているのがうすぼんやりと見えてきた。その枝の少し下で、何かが、ゆら、ゆらと揺れていた。どうして分かったのかと言えば、それが赤かったからだ。赤くて、真っ暗な中に浮かんでいたからだ。その揺れる動きに合わせて、男の子の指先が揺れていた。その赤が何なのかと、また目を凝らすと、袖があって、裾があって、どうやら服のようだと分かってきた。袖からは細い手が、裾からは短い足が伸びている。そして、その人形が最初は中空に浮いているように見えたが、そうではないことに気が付いた。人形の真上に位置する枝から細い紐が伸びていていて、それが人形に括りつけられて、風でゆらり、ゆらりと揺れていたのだ。誰か、以前ここへキャンプに来た子供の忘れ物かと思ったが、”それ”に気が付いた瞬間、まるで氷の手で首根っこを掴まれたような悪寒に襲われた。その紐は、二重三重に、首に巻きつけられたまま、ゆらり、ゆらりと揺られていた。おれはすぐに視線を逸らして、男の子の手を無理やり引っ張って、キャンプ場へ戻った。その夜は結局、子供も大人も全員がバンガローの中で寝ることになった。


 翌日は、キャンプ場の片付けが終わり次第、帰路につくだけのスケジュールだった。ただ、おれは昨日のことがどうしても気になって、出発前にあの場所へ行ってみることにした。肝試しに使った道も、日があるうちはただの散歩道だ。明るいから周りもよく見える。それなのに、あの草むらも、苔の生えた場所もどこにも見つからなかった。そうこうするうちに出発時間が迫り、おれはモヤモヤしながらバスの前に戻った。出発前に、最後の点呼をとる。ちゃんと、昨日の子も無事だった。「よし、全員いるな」ガタイのいいお父さんがそう言ったから、おれは慌てた。なぜなら、子供が、九人しかいなかったからだ。そう訴えると、何を言っているんだ、と言われたが、それはおれの台詞だった。そのはずだったのに、お父さんも、お母さんも、子供たちでさえも、おれを訝しげに見ている。いや、確かに十人いたはずだ。言えば言うほど、その視線は強くなる。肝試しは二人一組だっただろう、と言っても、お母さんが「最後の一人とは、私が一緒に行きました」と言い、皆がそれに賛同する。逆に、じゃあ誰が足りないんだと、おれが問われた。そんなの決まってる。すぐに答えられる。そう思っていたのに、一体、誰が足りないんだ? 思い出せない。たった十人の子供の、誰がいなくなったのかが、分からない。最初から九人だった……そんなはずはない。なのに、それを証明できない。薄気味と後味の悪さを抱えて、結局、おれはバスに乗った。また一時間ほど走って、やっと見知った町に帰ってきた時に、急に夢から冷めたような現実感に襲われた。なんだ、やっぱり子供は最初から九人だったじゃないか。意識がはっきりするほどにそう思えてきた。バスを駐車場に停めて脇の荷物入れを開けると、子供たちが我先にと群がって自分のリュックサックをぶんどっていった。自分以外の保護者ふたりも一緒に降ろして、あとはおれが一人で運転してバスを返却するだけだ。いったんバスを降りて、脇の荷物入れを閉めに行く。そこで気が付いた。誰かが、リュックサックをひとつ、取り忘れていた。仕方ないな、と手を伸ばした時に、リュックの影に隠れた、赤いソレに、気が付いて、おれは急いで手を引っ込めて、思いっきり力を込めて荷物入れを閉めた。


 それからバスを返すまでの間、おれがどんな気分で運転してたかなんて分からないだろうね。もちろん、六年前にキャンプが中止になった理由なんて、とても調べる気にはなれなかったよ。

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赤いゆらゆら 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

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