『思想地平』2046年7月臨時増刊号:特集 ポスト「障害者」とサイバネティクス

(編集者による序文)


 昨年の10周年記念号から丸一年ですので、今月の通常刊行号の発行をもちまして、『思想地平』は11周年を迎えることになります。今後ともよろしくお願い致します。

 今回の特集について当事者としての僕の体験をお話ししましょう。脳電気筆記技術が普及していなかった頃、高校生であった僕は、無意識の、悪意のない差別に悩まされていました。自由に口を動かして喋ることのできない僕らのような(例えばALS……筋萎縮性側索硬化症患者や脳性麻痺患者といった)障害者は、言語によるコミュニケーションが取りづらいという、ただそれだけの理由で、あえてこのような表現を取るなら「知恵の遅れた人間」であるかのような扱いを受けました。若い方は知らないかもしれませんが、この頃、この国で初めてALS患者と脳性麻痺患者の国会議員が、しかも同時に誕生しました。翌年、この脳性麻痺患者の国会議員による、当時世間を騒がせた、ヒトラーの思想的追従者が引き起こしたあの障害者虐殺事件に言及する文章が各新聞に掲載され話題を呼びました。

 映画の世界では、現在まで続く激しいカースタントが人気のハリウッド映画シリーズ『スクラップス』の第三作目に脳性麻痺のハッカー、サムが登場しました。これは大きな反響を呼びましたね。目的ごとに異なる特定の脳波をキャッチしてコンピュータや音声ソフトを動かすという設定は、既に人間による実証試験の段階に入っていた脳波コントロール技術を反映したものでした。現在、僕が日常生活において補助スーツを着て町を一人で出歩いたり、音声ソフトによって友達と話すことができたり、そしてこのように文章を書く、特に月刊雑誌の編集を行うという作業量と社会的コミュニケーションの多い仕事で皆さんと繋がりを持てるのは、全てこの脳波コントロール技術の進歩のお陰です。そしてこの技術が認知され、その必要性が共通認識となる過程について、『スクラップス』シリーズの影響抜きには語れないと思います。

 僕ら身体障害者の生活の自由度はもちろん、棘のある言い方をすれば社会的地位も、昔に比べて劇的に向上しました。しかしながら、手放しで喜ぶことのできない事態もまた起こっていると私は考えています。それは、発言力とその場が広がった僕ら――いわゆる、ポスト「障害者」――の中から、少なくない数の差別主義者や、差別的な政治家に同調する人々が現れ始めているということです。これは今世紀初頭に見られた、アフリカ系アメリカ人や性的マイノリティと言った、過去に差別を受けていた遺伝的、文化的集団からファシストが出現したことと近い現象であるように感じます。これは現状に満足した人間の保守化といった簡単な図式に当てはめられるものではない。長くなりましたが、そういった諸々のことを、あの事件から30年を迎えた今、考えてゆきたいと思います。

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