5:公園

「ちゃんと言いたかったな」


 瞬きをする間も多分残されてないと感じて、わたしは諦めて目を閉じる。

 遺言めいた言葉がつい口から漏れる。


「なにをいいたかったんだい?」


 あれ?痛くない?不思議に思うと同時に背中に違和感を感じて目を開く。

 ふわりと体が浮いていて、聞き覚えのある低くて心地の良い声が耳元で聞こえた。

 わたしはゆっくりを下を見てみる。

 わたしのいた場所をとっくに通り過ぎていった車が見えて、やっと自分が空を飛んでいることに気がつく。

 それから、わたしを助けてくれた、多分わたしがよく知っている相手であろう声の主の方を見ようと背中の方へ目を向ける。


「ちゃんと…一緒にいきたいって」


「そっか…。じゃあ、おとなしく死ぬわけにもいかないなぁ」


 どこからともなくやってきてわたしの背中を掴んで空を飛んでいる彼は、笑いながら頷くとよろよろとしながら近くの木の上にわたしをおろした。

 そして、そのまま隣の枝に彼もとまると、自分の羽根を器用に抜いて上に放り投げ、注意深くあたりを見回したあと、やっとわたしの顔を見る。


「…ありがとう」


「お礼をいうのは俺の方、だよ」


 血の匂いがさっきからしている。けどわたしの目では怪我をしてるのかよく見えない。

 彼はいつもどおりに、嬉しそうに言うとククッと笑って体を揺らした。でも、その仕草はどこか弱々しさを感じて不安になる。

 落ちたのも見ていたし、てっきり公園のどこかで倒れてるものだと思ったから、急に現れて、しかもわたしを助けてくれた彼になんていえばいいかわからなくて、うつむく。

 なんて声をかければ良いんだろう。なんでこんなことになってるのか尋ねる?でも、責めてると思われたらどうしよう…。


「ああ…いろいろ話さないといけないんだけど、さ…ちょっとだけ」


 考え事をしていたら、急に体に重みを感じて驚く。明るい口調とは裏腹にとても疲れているような生気のない声の彼へ目を向けた。

 彼の体が少し前につんのめったので、落ちないように慌てて支えるとヌルっとした感触がした。そして、彼の体が触れていた部分が汚れていることに気がつく。

 それでやっと彼の体からはやっぱり血がたくさん出ていることがわかった。体が黒くてわたしの目では出血が見えなかっただけ…。


「うん…大丈夫。ここにいるから」


 このまま目を覚まさなかったらどうしよう。そんな事も考えた。

 でもわたしにできることはなにもない。だから、木から落ちないようにしながら、わたしに寄りかかって目を閉じている彼を見る。

 首元の羽根は膨らんでいて息も荒い。

 彼の真っ黒なくちばしもよく見るとヒビが割れていたり傷ついている。


 彼が死んでしまいませんように…と思いながら、彼の重みと鼓動に耳を傾けてひたすら待つ。

 待つことが得意でよかった。誰とも話さないことに慣れていてよかった。

 あの家で、いらない子だったことに少しだけ感謝する。

 すっかり街の灯りは消えていて、人の声は聞こえない。でもさっきから何かが這いずり回るような音と激しい羽音が聞こえるのが気になる。


 大きな木の上で、寄り添ったまま空を見る。

 窓枠のない空はなんだか大きくて広くて、端っこがないのがなんだか不安になってくる。

 今頃、姉弟たちはどうしてるかな。わたしがいなくなって喜んでるかもしれない。

 あの人達は…いろいろ酷いことを言われたこともあるけど…少しだけ寂しがったり心配をしているのだろうか。

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