リンカネーション・リスタート

 銃に安全装置を掛ける。


「ありがと」


 私は相棒に小さく御礼を言って、髪に付いた土埃を頭を振って払い、ブレザーとスカートを叩いて石粉を落とした。


 石だか砂だかに半分埋もれたノースポールのリュックを掘り出し砂埃で真っ白になったその表面をまた手で叩いてある程度綺麗にして背負い、M九五を肩に担いで岩山の斜面を少しずつ滑るようにして地面まで降りる。


 森と荒地の境目に咲く赤い花。


 だが、今回のターゲットはまだ生きていた。

 血溜まりの中に倒れた敵は、左肩から背中を削ぎえぐるように私の弾丸に破砕されて、左腕は付け根から千切れて吹っ飛んでいた。腕の近くには優美なデザインの弓が落ちていたが、この様子ならもうその弓から矢が飛ぶことは永遠にないだろう。


 それでも私は用心して相手の様子を伺った。

 ここが剣と魔法の世界であることを忘れちゃダメだ。敵が射撃不能だったとしても迂闊に近付けば魔法の一撃で石にされたり亜空に飛ばされたりすることもありうる。M九五はこういう時、相手に向けながら歩くには私には大きくて重過ぎる。手頃な拳銃も一丁頼むんだった。


 私は離れた位置から敵の様子を伺っていたが、どうやら相手はほんの辛うじて生きているだけで、今正に死のうとしているようだった。身じろぎから察する呼吸は弱く、今にも途切れそうだ。


 私は迷った。

 相手が誰で、何故私を狙ったのか。

 他にも似たような刺客がいるのか。

 確かめる機会は失われようとしていた。


 私は溜息をついて、この世界に来て初めて倒したターゲットと言葉を交わすために近付いた。


***


「あなたは……」


 半身を濃い赤の血に染め、同じく血だらけの口からぜえぜえと切れ切れの息をする「女」。


 だが意外に思ったのは向こうも同じらしかった。


「おん……なの方……だった……とは……」


 見覚えがあった。

 ちょっと前に、私がオーガーから助けたエルフの娘だ。


「何故……と問いに来たのですか……」


 エルフは咳込んでゲフッと血の塊を吐いた。


「あなたは……私の運命の勇者様を……殺した……残酷に……」


 確かにそうだ。だがそれは、あの女神が仕組んだ……。


「お告げで勇者様を迎えに……行った……最強で……美しく……私をたくさん……愛してくれる……勇者様……勇者様……」


 彼女は泣いていた。

 私は愕然とした。

 私のしてきたことは……身勝手な「コロシ」だったのか?

 私が始末して来た転生者たちは、こちらの世界の人々から見れば、正しく待ち望んだ無敵の光の使徒で、その働きで倒される魔物、解決される問題がたくさんあって、積極的に転生者に関わり、その助けになりたいと思うもの、懇意になりたいと思うもの、憧れを抱くものもたくさんいる。


 この世界と、私が侮蔑し殺し続けて来た転生者たちとは、搾取される側と搾取する側ではない。WIN-WINの関係だったのだ。


 なんのことはない。


 私は、私自身が嫌悪し、見下し、始末して来た転生者たちと同じ「身勝手な力の行使者」だった。


 そう、私もまた誰よりも「転生者」だったのだ。


 私は呆然とした。

 じゃあ、じゃあ私して来た転生者狩りは──。

 今まで私のして来たことは──。


 どっ、と脇腹に衝撃があった。


 えっ、と見るとエルフ娘が最後の力を振り絞って私の左の脇腹にナイフを突き立てていた。


 った。

 めちゃくちゃ痛いし、硬くて冷たい扁平なものが肉にめり込んで勝手に体内にあるの全然落ち着かない。


 エルフ娘はそのまま突っ伏すように倒れ、絶命したようだった。


 私は立っていられなくなって、左脇腹のナイフの刺さり口の周りに手をやったまま、崩れるように近くの木にしなだれかかって座り込んだ。傷口からは豊かな泉のようにこんこんと血が湧き出て来る。見る見る制服が血に染まり、押さえた手は溢れた血でべちゃべちゃだった。


 あー、ダメだわ。これ死ぬやつだ。

 狩っていいのは狩られる覚悟があるやつだけ。でも私には、どこかその覚悟はなかった。頭のどこかで私は違うと思ってた。ずっと無双するつもりだった。そこも多分他の転生者と一緒なんだろう。いや、私こそあのエセ女神が望む転生者の中の転生者。

 価値観が、道徳観が自分という狭いサークルで閉じた、独りよがりの暴君だった。

 私の怒りはある種の嫉妬で、私の正義は下品なだった。


 リュックを身体の前に回して、サイドのジッパーからタバコと、ライターを出す。

 メビウスのプレミアムメンソール。両手はもう血まみれだったから、タバコの先が血に塗れないように気をつけて私は一本口に咥えた。


 空を見上げると益々雲は厚く、今にも雨が降りそうだ。その厚い雲の向こうであの悪魔がケタケタと笑っているイメージが浮かんで、私は心の中で舌打ちした。


 気が遠くなって行く。

 痛みは感じなくなって来て、平たい金属が体内にある違和感だけがより鮮明になって来た。脳内麻薬ってやつの効果だろうか。私は失禁していた。お尻の周りに広がる尿の温かみが優しく感じられて、ふと笑みが漏れた。

 ライターでタバコに火を点ける。上手く点かない。手が震えていたし、力が入らないのだ。ようやく点いた火がすぐ細い煙に変わり甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 軽く吸い込んで、やっぱり少しむせた。

 息を整えて、もう一度。

 今度はゆっくり細く紫煙を肺に送る。

 同じペースで、体内を経て湿った煙を外に吐き出す。


 意識が薄れる。

 最後の力でイヤホンを耳に運ぶ。

 耳のイヤホンからはアガスティアの「LEAF」が流れ始めた。シャッフル再生だったけどiPhoneがいい仕事をしてる。私の一番気に入ってる曲だ。


 タバコ。


 銃。


 制服。


 ハンバーグ。


 雨が降って来た。本降りだ。

 私の血があまみずに薄まってながれてゆく。


 あたしのくちびるから、あめにしめってくすぶるたばこが、ポトリとおちた。



***



 見覚えのない天井。白い模様入りの板張りの。

 点滴。ベージュのカーテン。看護婦さんの横顔。


 えっ、なに。異世界の病院……ではないよな。


「あ、気が付かれました。お父さん、お母さん!」


 看護婦さんが視界の外に向かって叫ぶ。頭が動かせない。なんかガチガチに固定されているし、最悪なことに鼻の穴にチューブが刺さっている。


「りんか!」「りんか!」


 両親の声だ。

 ハンカチを持った母親と、ワイシャツとネクタイ姿の父。母は号泣しながら何度もハンカチで涙を拭っていた。


「可愛そうに……よく頑張った。よく頑張ったわ」


 母はその後もしゃくり上げながら何か言い募ったが、残念ながら私には何を言ったのか意味が取れなかった。隣の父は分かったのか分からないのか、でもウンウンと頷きながら母を抱き寄せ背中にとんとんと掌で触れて身体を離した。けれど片方の腕はその肩を抱いたままだった。


「心配したぞ。もう大丈夫だ。今は何も考えなくていいから、とにかくゆっくり休みなさい」


 父も涙ぐんでいた。


 ……夢? どっちが?


 世界の音は遠のき、視界は暗転した。




***




「辻さん。お客様ですよ」


 ベッドの上で半身を起こし、パジャマ姿で差し入れのファッション誌の表面に目を滑らせていた私は、看護婦さんの呼び掛けに顔を上げた。


「失礼します……」


 低いテンションで私の病室に入ってきたご婦人と小さな女の子に私は覚えがなかったが、その子が持っていたネコのぬいぐるみを見て合点が行った。


「あの、私……塚田ノゾミと申します。これは娘のレナ。レナちゃん、ご挨拶は?」

「……こんにちは」


「こんにちは、レナちゃん」


「あの……この度は、私の監督不行き届きで、あなたを事故に巻き込んでしまって……本当に、本当に申し訳ありませんでした」


 そう言って塚田婦人は深々と頭を下げた。


「あ、えーと……お気になさらないでください。私が勘違いして勝手にやったことなので。それに幸い、こうしてピンピンしてますし」

「あ、これ、お口に合うか分からないんですけど、良かったら」

 私は有名菓子店の手提げ紙袋を受け取りながら

「あ、これはどうもご丁寧に」

 と正解かどうか分からない返事をした。


「ほら、レナちゃん、お姉ちゃんに御礼は?」

「お姉ちゃん、レナの、大事な、にゃあちゃんを、助けてくれて、ありがとうごさます!」


 所々をはっきり切りながら、レナちゃんは大きな声で私にそう謝辞をのべた。

 私はなんだか胸が熱くなって、笑いながら泣いてしまった。


「あの、大丈夫ですか」


 塚田婦人が心配そうに私を覗き込む。


「あ、大丈夫。大丈夫です。まさか御礼を言われるとは思わなかったから」

「娘が大事に肌身離さず持ってるぬいぐるみで、本当に感謝してるんです。この子には父親がいなくて、普段から寂しい思いをさせていて」

「レナ寂しくないよ。だっていつもにゃあちゃんと一緒だもん」

「そうね。レナちゃん、お姉ちゃんがにゃあちゃんを助けてくれて本当に良かったわね」

「うん!」


 私の胸の中に、今までなかった温かいものあった。それは巡る血潮に乗って手足の先にまで届き、私自身の全体を温めた。


「余り長いとご迷惑でしょうから失礼しますね。本当にありがとうごさました」

 塚田婦人はそう言ってまた低頭した。

「いえ、本当にお気になさらないでください。私こそ、逆にありがとうございます」

「……は?」

「いえ、こっちのことです。じゃあね、レナちゃん。にゃあちゃん。バイバイ」

「ばいばい!」


 元気に手を振るレナちゃんを同じ元気の良さで手を振って見送った私は、一人になって深く深呼吸をした。


 異世界に行く前……事故にあう前よりも世界が少しはっきりと、鮮明に見える気がした。


 入り口の壁をコンコン、と叩いてまた看護婦さんがやって来た。


「辻さん、今大丈夫ですか?」

「はい」

「警察の方が来てこれを。若い娘さんならいるだろうからって」


 差し出されたのはジップロックに入った私のiPhone。


「これにサインしてくださいって」


 A四の複写紙の書式には真ん中の「所有者氏名(自著)」の所にピンクの付箋が貼られ、鉛筆で丸がしてあった。私は渡されたクリップボードとペンでサインをしてそれを看護婦さんに渡した。看護婦さんはサインを確認すると複写紙の綴りを分け、黄色い二枚目を私にくれた。


「控えだそうです。じゃ、書類は警察の方に渡しておきますね。あ、それからwifiのパスワードは入院のしおりに書いてありますので」

「あ、はい。ありがとうごさます」


 iPhoneをジップロックから出す。

 見慣れた白いカバーには見慣れない新しい傷があったが、幸い画面は割れていない。電源を入れると普通に起動した。充電は二十七%。通信状態は4G。クリサタニトスは消えている。


 私は思いついて、アマゾンにログインしそのウォレット残高を確認した。


 三百四十円


 そこは「無限」とかにしといて、本当は夢じゃなかったんだ感出しとけよ。クソ女神。




*** 完 ***

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転生者狩り 〜対物ライフルJK りんか〜 木船田ヒロマル @hiromaru712

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