魔弾の射手を撃つ魔弾

 シャワーを浴びて、濡れた髪にタオルを巻く。

 綺麗な下着とパジャマに着替え、髪を改めて拭きながらリビングへ。テレビも映るようにしてと女神への条件に加えなかったのは失敗だったけど、とりあえずiPhoneでyoutubeは観られるし、なんならうちのレグザはiPhoneからyoutubeの動画をリンクさせて大きな画面で観ることもできた。

 大体考えて見るとなんとなく付けてはいても、しっかり観てるテレビ番組なんて最近はなかった。


 冷蔵庫を開け桃の天然水のボトルを取り、ごくごくと飲む。

 五人組のyoutuberが新しくできたアスレチックで楽しそうに遊ぶ動画を観ながら、ソファに掛けて髪をドライヤーで乾かす。

 

 リビングの入り口に立て掛けてある対物ライフル、バレットM九五がふと目に入る。メンテナンスは終わってピカピカだ。


 ここに来て、今日で丸三ヶ月。葬った転生者は二十九人。大体……三日に一人は始末してる計算か。


 どうやら私にもレベルがあって、私の場合はアプリであるクリサタニトスのメニュー画面に出るんだけど、そのレベルは凄い勢いで上がっていた。

 なんせ来る奴来る奴レベル六百万とか、レベル九九九九九九九九九九とか、バカみたいな高レベルで転生して来るもんだから、それを倒した私のレベルはこれまたバカみたいにガンガン上がるのだ。

 実際、私の狙撃はより正確に効果的になっていた。

 だがそれは私の純粋な経験に裏打ちされた地に足の着いた技術で、レベル八三八八六一などというなんのレベルかも分からない虚ろな数字の影響だとは、私は思わなかった。


 あの女神に手玉に取られ高いレベルでよそに来て、努力することも何かを積み上げることもなく、チート無双して殺しまくるつもりだったのか?


 教えてやる。

 殺していいのは、殺される覚悟がある奴だけだ。

 私と、私のM九五がそれを教えてやる。

 もっとも、その教訓を活かせるのはまた別の転生先での話だろうけど。


***


 曇り空。

 高い湿度で前髪が落ち着かない。

 私は目に掛かる前髪を搔きあげて後ろに流した。


 すー、はー


 岩山。平たい岩の上の敷いたヨガマットの上に伏せ、その時を待つ。


 夕暮れまであと二時間ほどある筈だが、雲が厚いためか辺りはやや暗い。だが、狙撃ができない程ではなかった。

 距離は百五十メートル。岩山から森を見下ろす絶好の撃ち下ろしポジション。森の少し開けた広場のような場所が、今回のターゲットの出現予想ポイントだ。だが下手をすれば逆に向こうから私も見えてしまう。

 私はベージュのダッフルコートを羽織りフードを目深に被って周りの岩と色味が溶け込むようにし、ライフルにはヘアゴムで、拾った枯れ草を巻き付けて最低限のカムフラージュをしていた。


 すー、はー


 深呼吸、というほど深い呼吸じゃない。

 けど、確かに酸素をたくさん取り込む呼吸。一定の、平坦な呼吸が必要だ。


「時空振動検知。到達まで十。九。八。七……」


 すー、はー


 耳のイヤホンからはPANGEAの「Continent」が流れている。

 カリッカリの洋楽。中学の時に好きだった先輩が好きだと言うから入れたが、何言ってるかさっぱりだし音の作りがなんか古いし、私には全然良くは思えなくて、この曲が原因でなんとなく先輩にまで冷めてしまった。掛かるとテンションが下がる曲。なのに、何故だかまだ消せずにいる。


「ゼロ」


 すー、はー


 雷光。土煙。降り立つイケメン青年。


 なんでこいつらみんな同じようなアニメ主人公顔で転生してくるんだ? それとも似たようなアニメ顔の人物ばかりが事故で死んでいるのか。


 すー、はー


 静かに過ぎ去る風が転生の余波のモヤをすーっと散らせて、私はターゲットの姿をその転生完了から比較的短時間のうちに鮮明に捉えることができた。息を止める。

 トリガーは引くんじゃない。優しく絞るんだ。


 かきん、どん


 眼下の森の木々の間、下草の丸い焼け焦げの上に赤い花が咲く。


 大きく息をして身体を起こす。

 イヤホンの曲はまだ「Continent」。早く終わって別の曲に……。


 その時、眼下の木々の間にキラッと何かが光ったように見えた。

 何かな、と思った瞬間それは轟音を伴って迫る光の塊になって、私が身体を預ける大きな岩に炸裂した。


 岩は五つの塊に砕け、載っていた私の身体は一メートルも跳ね上がった。拳大の破片が次々と私の身体を打ち、激しい痛みと衝撃の中で、私は私が狙撃されたことを理解した。


 砕けたデコボコの岩の上に落ち、私は重なる痛みに呻きはしたけど幸い決定的なダメージは受けていない。手足はアザだらけになっただろう。けど骨折や身体の欠損はない。右手は愛銃をしっかり握っている。スコープがダメになってなければいいけれど。


 見えない敵は続けて二射目三射目を撃って来た。


 一つは少し離れた山肌に当たり穴を開け、一つは私がいる場所の少し上に当たって、私に破片の雨を降らせた。少し大きな破片を額に受けて、私は痛みに涙ぐんだ。

 誰?

 いや、それよりどうする?


 四射目は私のいる場所の少し下側の岩盤を砕いたようだった。私のいる岩棚は大きく揺れたが崩れるまでには至らなかった。

 五射目はまた私の直上の崖を砕き、その破片で私を埋めようとした。

 この五射目で、ようやく私は射撃の正体を知った。

 矢だ。

 渦巻く火炎の光を纏った矢。

 つまり魔法の産物……仕留めたはずが討ちもらした転生者がいたのか?


 状況は良くない。

 向こうは私の場所の見当が付いているけど、私には相手がどこにいるのか全く分からない。これは狙撃の戦いにおいては敗北を意味する。

 どうにかして……どうにかして相手の居所を……。


 六射目、七射目の地響きと破片に身を縮め、次の矢が私に直撃しないように祈りながら、フードを目深にして破片から顔を守る。


 ん? フード? これだ!


 すぐ近くで次々と起こる爆裂に身を竦めながら、私はヨガマットを手繰り寄せ丸めて筒にした。手早くダッフルコートを脱いでその筒に着せた。

 そしてタイミングを待つ。

 爆裂音。遠い。

 もう一つ。これもダメだ。もう少し。

 次の一発は、私のいる岩棚の砕けた岩のすぐ下に命中し、それをかき混ぜるように私の身体とともに跳ね上げた。


 私は歯を食いしばって悲鳴を上げそうになるのを我慢しながらダッフルコートを着せたヨガマットを崩れる岩棚の成れの果てとともに崖下に落下させた。

 私自身は、僅かに残った出っ張りに石粉で真っ白になりながら張り付くようにしがみ付いていた。


 魔法の矢が引き起こす爆発は岩肌を転がるダッフルコートを着たヨガマットを追って次々に下に移って行った。


 そして崖下の地面の辺りで一際大きな爆発が起きると、それを境に岩山と森は本来の静けさを取り戻した。


 私は、とてもゆっくりと銃を動かした。

 銃口を、森の方へ向けるんだ。

 人の注意を引くもの。

 第一は音。第二は動きだ。


 奴は……私が死んだかどうかを確かめるため、必ず動く。


 重い。

 さっきまでは私の一部のようだったM九五が今はとても重く感じる。

 ゆっくり。だが着実に。紫陽花の葉を這う、カタツムリのように。


 ……すー、はー


 イヤホンはいつの間にか耳から外れて、シャッフルが何の曲になっているか分からない。


 すー、はー


 視線の先の森で僅かに何かの気配がした。

 鳥でも獣でもない。

 野生の生き物なら、さっきの爆発の連続でとっくに逃げ出してしまっているはずだから。


 すー、はー


 茂みが揺れる。揺れは移動している。

 私の下の、ヨガマットの残骸に向けて。

 その動きも、とても遅い。

 奴は慎重だ。手強い。


 すー、はー


 私の敵は謎の魔弾の射手と、私自身の焦りだった。小石一つ転がり落とせば、注意深い奴は私に気付き今度こそ、その爆炎の魔法の矢で私をズタボロのヨガマット同然にするだろう。


 すー、はー


 バレットM九五は既に私の意思を離れて、自分で自分の獲物を探し始めたように私には感じられた。森が切れ、細かな砂肌の荒地が崖下まで続くその手前で移動してきた気配は止まった。


 すー、はー


 銃口はゆっくりとした一定の速度でその場所を指向し、ぴたり、と止まった。奴は森の切れ目に留まったまま、姿を見せず動きもしない。私の指が、これも私の意思に了承を得ずにスゥとトリガーに吸い寄せられた。


 すー、はー


 その場所の、木が作る影の形がじわりと変わった。フードを被った人影だ。スコープ。あれだけの攻撃を受けながら無事だった。埃にまみれてはいるがクロスゲージもミルドットも、実用の範囲で充分判別できた。


 すー、はー


 フードの人物が右左を確認し、身を低くして素早く森から出ようとした。息を止める。指はまた勝手に動いた。



 かちん、どん

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