最終話 おとぎ話の終わりに その八
そのころ、城門付近で、ソルティレージュはモマンダムールに出会った。
モマンダムールは自分より小さい三人の匂いを追って、彼らが捕まっている城を探りあてたものの、事態があまりにも大事になっていて、自分ではどうしようもなく、困りはてていた。そこへソルティレージュの匂いがしたので、急いで合流したのだ。
「おじさん。大変だよ。シャンダロームたちが人間に捕まったんだ」
「よし。その場所につれていってくれ」
ソルティレージュが駆けつけたときには、危機一髪だった。ちょうど、そのとき、薪に火がくべられようとしていた。
いつものソルティレージュなら、たとえ千人の人間に囲まれようとも突破することができた。しかし、今は戦争のあとで
(あの囲みを無傷でやぶることは、今のおれにはできない。子どもたちのもとへたどりつくのが、やっとだ)
だが、可愛い子どもたちが目の前で泣き叫んでいるのに、見すてることなどできない。ソルティレージュは決心した。
「モマンダムール。いいか? これから、おれが人間の目をひきつけておくからな。おまえは一直線に三人のところに行って、つれて逃げるんだ。おまえの背中に乗せて、全速力で走っていけ。合図を送れば、インウイたちが来てくれる。そのまま、魔界へ行ってくれ」
「おじさん……」
「おじいさんと呼んでくれ。おまえだって、おれの大切な孫だ」
「おじいさん。死ぬつもりじゃないよね?」
「そんなことはしない。心配しないで、言ったとおりにするんだ。絶対にふりむくな。力のかぎり遠くまで走っていくんだ」
「うん。わかったよ」
モマンダムールは利発な子だから、ソルティレージュの本心がわかっているようだった。
うなずきあうと、ソルティレージュは一角獣の姿のまま、人間たちのなかへとびだしていった。剣や槍を持つ兵隊をつきとばし、狂ったように駆けまわる。人間たちは悲鳴をあげて右往左往した。
(今だ。モマンダムール。行くんだ!)
ソルティレージュの心の声が聞こえたように、モマンダムールは子どもたちのもとへ駆けていく。火のついた薪をとびこえ、虫かごをひらいて、なかに入れられた二人を背中に乗せ、シャンダロームの首ねっこをくわえて走り去る。
(そうだ。それでいい。モマンダムール。シャンダローム。おまえたちは金の角を持っている。苦しむことも多いかもしれないが、どうか、自分の心に忠実に生きてくれ。おまえたちの幸せを願っている)
さらに中庭をひとまわりして、モマンダムールが遠くまで行く時間をかせいだ。さんざん兵隊たちをふりまわしてやったが、そのころには、ソルティレージュの体には何本も槍が突き刺さっていた。
(……ここまでか。だが、いい生涯だった。魔物として決して長生きとは言えないが、一角獣の一生としては最高だった。とかく孤独な一角獣のなかで、おれは愛する家族にかこまれていた)
ソルティレージュは地に伏し、人間たちが周囲で騒ぐ声も聞こえなくなっていた。
やがて、意識は暗闇のなかをさ迷った。
(さよなら。アンフィニ。愛していたよ。君を一人にさせて、すまない)
中空を漂うソルティレージュの腕を、誰かがつかんだ。
ビックリして見ると、純白の翼を輝かせた天使が微笑んでいる。その顔に見おぼえがあった。
「カランドルか?」
「そうよ。あたしとリュードブラン、あれからヒバリの夫婦になって、やりなおしたわ。そのあと罪が許されて、今は二人で天使として働いているの。人間のときみたいに夫婦にはなれないけど、いつもいっしょにいられるから、幸せよ。ソルティレージュ。みんな、あなたのおかげなの」
「それは、よかった」
「今度はあたしが恩返しをする番ね。さあ、あたしにつかまって。あなたを導いてあげる。あなたを一番いい世界へつれていってあげるわ」
カランドルに支えられて、ソルティレージュは虚空を飛んだ。
「だが、おれは悪魔だぞ?」
「あなたは今まで、たくさんの人を幸せにしてきたからよ。あなたはほんとに素敵な、世界一の魔法使いだった」
「そんなふうに言われると、てれるな」
暗闇のなかに、下界は遠くなっていく。
「次はどんなところに生まれてくるんだろう? おれはまた愛する者たちに会えるだろうか?」
ソルティレージュはいくらか不安だった。しかし、まぶしいほどのカランドルの笑顔が励ます。
「それがあなたの幸せなら、きっと会えるわ」
「アンフィニやインウイ。シャンダローム。モマンダムール。ポワーブルにエメロード。カレーシュ。シャマード……兄さんにも会えるだろうか?」
カランドルがうなずく。
「会えるわ。きっと——いいえ。必ず」
光が見えてきた。
あの光のさきに、次の一生が待っている。
ソルティレージュの心は、わけもなく踊った。
あのさきにワクワクするようなことが待っている。
愛する者たちにかこまれて、いつまでも幸福な、おとぎ話の続きが……。
了
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