最終話 おとぎ話の終わりに その六



 貴族制廃止令は、魔界に激震を走らせた。貴族たちが集結し、王城をめざして攻めてくる。


 思ったとおり、巨人族を中心に、角のない獣人、ゴブリンより少し大きいトロールなどだ。数の多い虫人族もほとんどが参戦している。見えないのは戦闘力の弱い蝶の精くらいだ。鳥人族からは獰猛どうもう猛禽類もうきんるいが集い、空を覆っている。


 もちろん、そのころには王の軍勢も整っていた。こちらは角の獣人、半人半馬ケンタウロス、竜族、ゴブリン。

 そして、一角獣である。

 インウイも女だがシャマードとともに参戦する。戦神のシャマードとインウイが一体になったときの強さは、巨人兵もかなわない。


 数では貴族軍に劣るものの、竜族、角の獣人は個体の能力が高い。巨人さえ堕とせば、勝機はある。


「これでやっと、カレーシュに借りを返せるよ。約束どおり、王様に命を捧げなきゃ」


 そう言うインウイを、カレーシュは心配げに見る。


「僕のために、すまない。でも、そのために君が命を落とすようなことはしないでくれ」

「わかっているよ。ぼくにできるかぎりのことをするってことさ」


 やがて、戦場に角笛が鳴り響き、決戦の火蓋が切っておとされた。


「巨人だ! やつら思ったとおり、巨人を先頭に立ててきた」

「巨人に束になって来られると、いかにこっちに強者つわものがいても歯が立たない。やつら、得意の棍棒のひとふりで、城壁もつぶしてしまえるぞ」

「散開戦術だ! 巨人を一点に集中させるな。やつらを一体ずつ散り散りにして、確実にしとめる。ほかの種族はそのあとだ」

「よっしゃ。こういうときこそ、ゴブリンの腕の見せどころよ。おれたちの作った迷路が、やつらの墓場になるぜ」

「おれたち一角獣が囮になろう。おれたちのすばやい動きに、巨人はついてこれない」


 戦に先んじて、王城のまわりにはゴブリンたちが無数の迷路を作っていた。地下につながる複雑きわまりない迷路に、巨人兵を一体ずつ誘いこみ、複数でかこんでやっつける。


 巨人は体の大きさで、他のどの種族も凌駕りょうがしている。が、知能は低い。地下のせまい空間に巨体の自分たちが閉じこめられるのは不利だという認識がないので、おもしろいようにひっかかる。


 敏捷びんしょうな一角獣がかこんでしまえば、巨人はちょこまか跳ねる獣を追っぱらおうと、暴れまわって地下の硬い岩盤に頭や体をぶつけた。そこで、とどめだ。


「巨人は一角たちに任せ、おれたちはザコを一掃するぞ。かかれッ!」

「者ども、陛下の御ため、竜族の誉れを見せるのだ!」

「我ら角の獣人とて劣らぬぞ!」


 まさに歴史に残る戦いがくりひろげられた。多くの兵が傷つき、はかなく散る者が、敵にも味方にも数えきれないほどあった。


 その戦いは数十日にもおよんだ。

 巨人族が抹殺されると、あたりは乱戦になることが多くなった。敵は劣勢と見ては退き、陣形を整えて、また押しよせてくる。波状にくりかえされる攻防。


 しかし、しだいに貴族軍の陣地は後方に追いやられていった。


 竜の一族が華麗な炎の技で遠隔攻撃をくらわせ、敵がひるんだところで、こちらも城門をひらき、軍勢を突撃させる。


 そのなかでも、一角獣の姿に戻ったインウイにまたがる、シャマードの働きぶりはめざましい。竜族にひけをとらぬ勇猛さだ。インウイとシャマードは戦場でとても目立ったので、標的にされることが多かった。


 先陣を切っていくインウイのようすにハラハラして、ソルティレージュは忠告する。


「インウイ! いったん退け! ムチャをするな」

「平気さ。やつら、もう逃げるばかりだ。あと一押しで落ちるよ」


 突進していくインウイの前に、敵の秘密兵器が持ちだされる。月の魔力の結晶である月晶石を弾に詰めて、大砲で撃ちだす兵器だ。月晶石の破壊されるときのエネルギーで、魔物の体に甚大な被害をもたらす。


 それが持ちだされたときには、インウイには、もはや避けようのない距離だった。そのとき、誰かがインウイの前にとびだした。


「インウイ——!」


 カレーシュだ。カレーシュはインウイをつきとばし、自分が秘密兵器の軌道上に立ちふさがる。月晶石の弾が、カレーシュの体をつらぬいた。


「カレーシュ!」

「僕はいい……早く、あの兵器を……」


 カレーシュは地に倒れる。

 涙を流しながら、インウイは敵方につっこんでいった。大砲を見事に破壊する。


「カレーシュ! しっかりして!」


 インウイが戻ったときには、カレーシュは助からない状態だった。


「カレーシュ……」

「これでいいんだ。僕の代わりに、モマンダムールを……頼む」

「そんなこと言わないでよ。カレーシュ」


 カレーシュは笑った。

「……愛していたよ。インウイ」


 金の角を持つ一角は、あまりにも純粋すぎる。永遠の愛を守り、マジノワールは自決した。今また、カレーシュも、その愛のために命を捧げた。


「父さん。カレーシュが……」


 泣きじゃくるインウイの肩を、ソルティレージュはそっと抱いた。


「あいつは幸せだったんだ。その想いを受けとめてやれ」

「うん……」


 戦争は魔王軍の大勝利に終わった。

 貴族たちの多くは降伏し、最後まで抵抗した者は皆殺しにされた。


 ここに魔界は絶対王政の時代へと突入する。いずれ革命を起こし、民主主義に目覚める人間たちとは正反対に。

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