最終話 おとぎ話の終わりに その五
ソルティレージュは返事に窮した。
「……そうでは、ございません。ただ、やりかたというものが」
「しかしな。そなたはわかっておらぬ。人間など、かばいだてするほどのものではない。これから人の世は、魔族にとって住みにくい世界へと変貌していく。そなたも人間界に暮らしているのなら気づいておろう。こののち、人間たちは魔法を邪悪なものと見なし、魔女狩りを始める。多くの魔女や魔法使いが理不尽にとらえられ、拷問のすえ火焙りにされる。それはもう避けようのない時代の流れだ。もはや、そなたたちのように人間界で暮らし、人間と共存していくことなどできぬ世の中になる。
そして、そのあとに来るのは科学万能の時代。科学で説明できぬものは一笑に付され、蔑視される。我ら悪魔は存在さえ認められない。人間は科学の力で世界のすみずみにまで足を伸ばし、魔族が暮らす余地などなくなる。
おまえの愛する人間たちが、おまえの存在を否定し、蔑みと疎外しか与えぬようになるのだ。ソルティレージュ。おとぎ話の時代は終わった。人間にとって、我らはもはや不要のもの」
魔族が滅びると聞いたときより、ソルティレージュは激しい痛みをおぼえた。
(ああ、そうだ。人の世界に、おれたちのいられる場所はなくなった。おれたちの愛した親しい人間は皆、とうに亡くなり、今や冷たい敵視しか与えられない。カボシャール、シランス、カプリッチ姫、ロカイユ王、ルトローン王、レールデュタン、カランドルとリュードブラン、可愛かった人間の弟ノエル、アンプレブーとジュルビアン……みんな、死んでしまった)
それはしかたないことではあるが、これからさき誰一人、彼らのように理解しあえる人間は現れないのだと思うと悲しかった。失われた命がことさら大切なものだったのだと、あらためて思われて。
「わかるだろう。ソルティレージュ。我々には、ここしか生きていく地はない。なんとしても、この世界を守らなければならない。魔物が生きていくための魔物の世界を。私はそのための
ソルティレージュはうなずいた。
「よくわかりました。陛下。私はあなたに協力します。ですが、条件があります。まず、捕らえられた仲間を返してください。その上で、あなたが奪った人間の顔を戻すとおっしゃるなら、必ずや決戦の折には、あなたさまにつくよう仲間たちを説得します。もし仲間が反対しても、私一人でも、あなたさまに加勢いたします」
すると、かたわらの仲間たちも同意した。
「我々もソルティレージュに賛同します。それならばそうと初めから話していただきたかった。一角が陛下につくということは、二角、三角の角の獣人はあなたさまのみもとにくだります。また同じ馬型の魔物である
「陛下おんみずからの竜の一族と力をあわせれば、他のすべての種族を敵にまわしたとしても、互角に戦えましょう」
ソルティレージュとエキパージュで、口々に王を説得する。
「どうだろう。敵には強力な巨人族がいる。あいつらは血に飢えた駄々っ子だ。将来のことなど考えない。しかし、たしかに半人半馬の協力は得たいな。やつらは数が多く、戦上手だ」
「私の友人のゴブリン王も協力するでしょう。彼らは一体ずつの力は弱いが、地下のことには詳しい。その力で思わぬ伏兵となりますでしょう。王よ。ご決断ください。一角の助力を欲するのなら、一角の好むやりかたで、我らに誠を見せてくださいまし。さすれば、我らもあなたさまに、この命を捧げます」
王は嘆息した。
「わかった。ここは、そなたたちに賭けよう。奪った人間の顔は返す。この男も——」
玉座に腰かけていたカレーシュが、ふいに前倒しになり、床にひざをついた。かわりに、玉座には竜の羽を背中に持つ若い男が座っていた。
ミラージュ王の本体だ。
竜族は勇敢なことで知られているが、この王は予想以上に理知的な面差しをしていた。
王は手に握っていた水晶の玉を床になげすてた。すると、カレーシュが夢から覚めたように周囲を見まわす。
「ソルティレージュ? 僕は、いったい……」
広間の奥から、アビルージュも現れた。
王は断言する。
「たったいま仮面の魔法を解いた。信じられぬなら、あの宝物庫をたしかめてくるがよい。まず私から切り札を手放したのだからな。次はそなたたちが約束を守る番だぞ。すぐに各種族を説得に参れ。準備が整いしだい、貴族制廃止の王命を出す。そのあとは決戦になるだろう」
ソルティレージュたちは礼をつくし、王の前を辞した。そして、仲間の説得にそれぞれの種族のもとへ走る。
ソルティレージュは仮面の魔法が解かれたことを確認するためにも、宝物庫へ急ぐ。宝物庫には、まだポワーブルが見張りについていた。ソルティレージュを見て、あわてふためいて駆けよってきた。
「おい、どうなったんだ? ついさっき、仮面が全部、消えちまったぜ?」
「うん。では、約束を守ってくださったんだな。ポワーブル。決戦だ。魔界始まって以来の大戦争だ」
ソルティレージュの話を、ポワーブルは感慨深げに聞いていた。
「そうかい。そんなことになるんじゃないかと、薄々は思っていたよ。もう人間の世界にいられなくなるのか。ちっと切ないが、しょうがないな。ここはおれたちの世界じゃない。おれたちは長いあいだ、他人の家に食客していただけだ」
「ああ。帰ろう。おれたちの世界へ」
彼らは大急ぎで戦争の準備を始めた。
ただし女子どもは危険なので、戦が終わるまでのあいだ、人間界に残すことにした。
「戦闘能力の低いエメロード、アンフィニ。それに子どもたちはゴブリン城で待っているんだ。ここなら人間もむやみとやってこない。必ず勝って迎えに来るから」
別れを惜しんでいるいとまはなかった。愛しあう者どうし、涙をのんで抱きあった。
「信じているわ。ソルティレージュ」
「ああ。待っててくれ」
「愛してるわ」
「愛してる」
女たちを置いて、ソルティレージュは魔界へ戻った。
いよいよ、魔界大戦が始まる。
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