最終話 おとぎ話の終わりに その四



「何用だ? 一角獣よ?」と、玉座にふんぞりかえったまま、魔王が問いかける。


「我らの用など、とうにご承知でしょう。偉大なる闇の王。その体は我らの仲間のものです。どうぞ、彼の体をお返しください。また、ここに彼同様、囚われているアビルージュも解放してくださいませ。陛下が人間の仮面を集めて何をなさるつもりか存じませんが、そのために我らの仲間を不当に使役なされますのは、いかに我ら闇の民すべての王とは言え、許されぬことにございます。貴族院にこのことが伝われば、陛下とて、ただでは——」


 ソルティレージュの長広舌を、魔王は不機嫌にさえぎった。


「そう。それが問題だ。やつらは力を持ちすぎている。わかっているのか? 一角獣。このまま、やつらを野放しにすれば、闇の国がどうなるか」

「それは私どものような下賤げせんの身には、推しはかることもまかりなりません」


「卑下することはあるまい。一角獣は位の低い者も、なべて明晰な生まれつき。よかろう。もし、そなたたち一角一族が我の側につくのなら、話して聞かせよう」

「お待ちください。陛下の側にとおっしゃられても、なんのことやら……」

「だから、それも話してやる。この体を返してほしければ、従うしかないのではないか?」


 ソルティレージュは貴族の身分がないから、じかに魔王と話すのは初めてだが、聞きしにまさる独善的な気質と見た。ともかく、ここはおとなしく王の言いぶんを聞くことにする。


「納得したようだな。言っておくが、私は約束は守る。そなたらが私に心より忠誠を誓えば、この体は返してやろう。アビルージュもな。よく聞け。これは魔界の存続にかかわることだ。いや、正しくは我々、魔物の存続に、と言うべきか。我々が絶滅しても、魔界はあり続ける。ただ、この世界が原初のおぞましくも無心の状態に戻るだけのこと」


 意味がわからない。


「何をおっしゃっておられるのですか?」


 すると、王は少し笑った。

 カレーシュの優しげな微笑みとは違うが、笑うと案外、魅力的だ。


「そなた、名をなんと言った?」

「ソルティレージュと申します。兄は伯爵のマジノワールでした」

「マジノワールか。あれは強い悪魔だったが、あまりにも心根が至純すぎた。あれが生きていたとしても、私の計画には賛同しなかっただろう。私はこのためには手段を選ばぬ。どんなことをしても成し遂げてみせる。ソルティレージュ、私はな。近々、貴族院を廃止しようと思っている。それが我々、悪魔のためなのだ」


「詳しくご説明ください」


「私は先日、予言の泉で、あるお告げを受けた。それはこのさき起こる魔界大戦争の勝敗によってわかれる、二つの未来だ。一つは我が魔王軍が勝利し、そののち少なくとも百代さきの王の世まで、魔族は繁栄する。だが、もう一つは貴族たちの連合軍が勝ち、その後、魔族は急速に衰退して、十代さきには絶滅してしまうというものだった」


 予言の泉は代々の王だけが入ることを許されている、洞穴の奥にある泉だ。その水を飲んだ者は、未来を見ると言う。


 ソルティレージュは王の言葉を重く受けとめた。


「なぜ、そのようなことになるのですか? 貴族たちが愚かなふるまいにおよぶのですか?」


「うむ。貴族制の欠点は、力が各種族に均等に分散するということだ。つまり、どの種族も同ていどの軍勢を持つので、つねに争いが絶えない。また悪魔というやつは殺しあうことが好きだからな」

「我々、一角は争いを好みません」

「むろん例外はある。が、おおむねはそうだ」


 それは反論できない。

 たしかに、血を好む種族は多い。


「多頭政治の形態を持つ現今の貴族院制度は、意見が割れた場合、戦で問題を解決することになる。そのたびに多くの魔物が死に、血が流れる。それじたいは、まあ、よいのだ。悪魔は死んでも、ふたたび悪魔として、この魔界に再生してくるのだからな。ただ、血が流れるたびに、我々の体から人の血が薄れる。再生されるたびに、より精霊に近くなっていくのだ。このように戦ばかりしていては、わずか十代さきには、魔界から魔物はいなくなる。精霊だけの世界に戻ってしまうのだ」


「そこのところが、よくわからないのですが」


「そなたらは精霊のことは知っているな?」

「むろんです」


 魔界で言う精霊は、人間が精霊と呼ぶものとは少し違う。火の精、光の精、闇の精など、生物の形をした魔力のかたまりのようなもの。五大元素に近いものだ。それじたいは意思も感情も持たない下等な生き物だ。


 王は黒い革表紙の本を一冊、手の内にとりだす。


「初代闇王の手記だ。彼は魔界の理に興味を持ち、自力で調べあげた。それによると、この世界には、もともと我々が精霊と呼ぶものしか存在していなかった。そこへ、あるとき、人間がこぼれおちてきた。そして精霊と混血し、魔物が誕生した。魔力を有し、それを使う意思をそなえた我々の祖先が。悪魔は繁栄した。だが、しょせん、外来の血なのだ。血が流れるたびに、魔物の体から人の血が薄れていく。やがては精霊に逆戻りだ。貴族院はそれを推進する制度にほかならない」


 そう言われると、ソルティレージュたちも納得できた。

 なるほど。自分たちは他者を愛するし、仲間を思う気持ちもある。

 人間はただ悪魔を恐ろしいものと信じているが、じつは、とても近いところがある。人間のように社会的なモラルがないので、悪魔のほうがちょっとだけ欲望に忠実で、自分の心持ちに素直なだけ。


「つまり……我々のなかの人の血を絶やすわけにいかないのだと?」


 魔王は重々しくうなずく。


「そのような事態を防ぎ、戦を減少させるには、共和制ではなく、一点集中型の絶対君主制でなければならない。わかるか? 私は私利私欲のために貴族院を廃止したいのではない。わずかの領地のとりあいのたびに全面戦争に突入する、魔族を抑止するためには、彼らを徹底的な恐怖で押さえつける脅威が必要なのだ。そのために、私は画期的な魔法を生みだした。この方法を代々の王が重ねていけば、あと数代さきには誰も王に背けなくなる。私はこれを遂行したい」


「それは、どのような方法です?」


「王が代変わりするとき、魔力のすべてを次の王に継承させるのだ。そして、次代の王は貴族院ではなく王が決める。こうすれば、王の力は代ごとに強くなり、やがてはゆいいつ絶対の神となる。種族間の争いも、王の権力によって牽制けんせいできる。よい方法だとは思わぬか?」


 若い王は理想に燃えていた。たしかに、私欲ではなさそうだ。


「しかし、王よ。だからと言って、あなたのやりかたはいかがなものでしょう? 目指すところは崇高です。が、カレーシュを人形のようにあやつったり、人間の顔を奪ったり」


 ソルティレージュが反論すると、王は笑った。


「そう言うと思ったぞ。一角は潔癖だからな」

僭越せんえつながら、私とて魔物が滅ぶのは悲しい。だが、そのために人間の命を好きに使っていいわけではありますまい。そもそも、なんのために人間の仮面などお作りになったのですか?」


「弾よけだな。あの仮面をつけていれば、万一、私が志なかばにして倒れても、その傷は人間が負ってくれる。仮面の数だけ私は復活することができる。だから言ったろう。そなたの兄ならば、このような作戦、怒り狂っただろうと」

「兄でなくとも怒りますとも! この私だって——」


 すると、急に王はさみしげな表情になった。


「では、そなたはどうしたいのだ? このまま魔族が滅びるのを、私に見届けろというのか?」

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