最終話 おとぎ話の終わりに その三



「ポワーブル。何か見つかったんだって?」

「うん、まあ、来てみな。見つけたのは、コリアンドルなんだが」


 ポワーブルは人間の足では近づくこともできない辺境の地にある、山脈のふもとまで、ソルティレージュをつれていった。そこから、さらに、昼でも薄暗い洞穴の前まで案内する。ちょっとのぞいただけでは、どのくらい奥まで続いているのか見当もつかない暗闇だ。


「この洞窟は、おれたちが作った抜け道だ。ほんとの入口は、もっと急な斜面にある。そっちのほうは手下に見張らせてあるぜ」


 なるほど。小鬼が作った道らしく、奥行きは深いが天井が低い。ポワーブルにつれられていくと、ソルティレージュはしばしば腰をかがめて進まなければならなかった。


「いったい、どこまで続いているんだ? ものすごい深さだな」

「用心のためだろうな。地中に詳しいおれたちでなけりゃ、ちょっと見つけられなかっただろうぜ」


 かなりの時間、暗闇を這い進んでいった。ようやく目的の場所まで到達したらしい。穴のさきから、ひょいとコリアンドルが顔を出す。


「兄貴。こっちは変わりないぜ。やつはまだ来ない」

「今のうちに、ソルティレージュになかを見せてやろう」


 手招きされて、岩壁を丸く掘った小さな穴をくぐる。そこはもう秘密の小部屋のなかだ。石組みのしっかりした室内には、箱や棚がならんでいる。見たところ宝物庫のようだ。棚におさめられている品物は、どれも珍しい魔法の道具だ。室内に知っている匂いが充満していた。


「この匂い、おぼえがあるぞ。仮面の魔女だ。あいつの体にしみついていた血の匂いがする」

「そうなんだ。どうも、ここは仮面の魔女が生前に作った宝物庫らしい。ちょっと、こっちに来てみろよ」


 宝物庫は意外に広い。

 細い廊下で何室かがつながっていた。鉄の扉をあけて、奥の部屋へいくと……。


「これは……」

「なっ? ビックリするだろ? おれも奥から話を聞いてはいたんだが、見るのは初めてだからよ」


 奥の小部屋には、棚という棚に仮面がおさめられていた。あの生きた人間の顔を奪って作られた、残酷な肉の仮面だ。どの仮面も泣いたり悲しんだりしている。


「なんてことだ。こんなところに、まだ、こんなにたくさんの仮面が残されていたなんて。千に近いほどもあるじゃないか。だが、おかしいな。あのとき、カレーシュが集めた娘たちの顔は、ちゃんと全員、もとに戻ったのに」


 ソルティレージュが考えこむと、ポワーブルが説明を続けた。


「それが、こいつは最近になって作られた新しいものらしいぜ。おまえさんも近ごろは人間に会うことをさけて、旅のあいだも街や村を通らないようにしてたんだろう? だから、気がつかなかったんだ。たぶん、今ごろ人間たちは、原因不明の奇病に大騒ぎしてるだろうさ」


「そう言われれば、もうずいぶん長いこと、人間の街に行ってないな。魔法使いと見ると、このごろの人間は石をなげてきやがる。けしからんだろ?」


「うん。おれたちゴブリンも、何人も人間の村に行って殺された。前は悪魔を恐れても、ここまでヒドイことをされることはなかったんだが」


「ああ。人間の世界がおかしくなってる。時代が変わったのかもしれないな」


 感傷にひたっている場合ではない。

 ソルティレージュは気をとりなおし、あたりを観察した。


「それにしても、なんで、ここにある仮面が新しいものだとわかったんだ?」

「それそれ。やつが来るからだよ。外で仮面を作ってきては、ここに隠しているようだ。たいてい二、三日に一度は来る。そのたびに何個か仮面を持ってくるんだ」


 ほんとは聞きたくなかったが、ソルティレージュは思いきって尋ねた。


「……カレーシュか?」


 ポワーブルは黙ってうなずく。


「そうか。やはり、カレーシュはそんなことに使われているんだな。なんとかして、とりおさえなければ」


 そんなわけで、その日から秘密の宝物庫を見張った。カレーシュが来たのは二日後だ。


「カレーシュ! 待っていたぞ」


 いきなりとびかかったが、カレーシュの反応はすばやい。ひらりとかわして、一目散に外へと走っていく。


 ソルティレージュはあとを追った。

 カレーシュは一角獣の本体に戻って全速力で逃げる。ソルティレージュも本体になり、どこまでも、しつこく食いさがった。


 やがて、しびれをきらしたのだろう。

 カレーシュは人間の世界と魔界をつなぐ、ゆいいつの門へとびこんだ。魔界へ逃げたのだ。


 ソルティレージュも追っていく。

 カレーシュはまっすぐ王城へ駆けこんでいった。黒瑪瑙くろめのうでできた王城は、闇のかたまりのように不気味なシルエットを見せている。


 王城に張りこんでいたエキパージュと数頭の仲間が走りよってきた。


「ソルティレージュ!」

「今、カレーシュがなかに入った。今なら申しわけが立つぞ。追っていこう」


 それで、門番をけちらし、王城へ乱入していった。大広間の玉座の上に、カレーシュが座っていた。


「さすがに一角獣をふりきることは、同じ一角獣でも難しいか。よく来たな。無礼な闖入ちんにゅう者ども。私にひざまずくがよい」


 姿はカレーシュだが、どう見ても、それはカレーシュではない。カレーシュの体を誰かがあやつっているのだ。


「……あなたさまは、闇王陛下でいらっしゃいますか?」


 カレーシュは厳かに首肯する。

「いかにも。私が第四代闇王、竜の長ミラージュだ」


 ソルティレージュは急ぎ人間の姿に化身し、玉座の前にひざをついた。

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