最終話 おとぎ話の終わりに その二



 ソルティレージュは腕を組んだ。


「もしかしたら、あのとき仮面の魔女にかけられていた魔法は、完全に解けたのではなかったのかもしれない。おそらく、カレーシュの心の本体は、どこかに封じられているんだ。あのとき、インウイを想う気持ちが勝って、魔女の呪縛からは逃れたものの、心じたいの封印は解けてなかったんだろう。今また誰かが、カレーシュの封じられた心を手に入れて、あやつることに成功したのかもしれない」


「じゃあ、お父さんは自分の気持ちに関係なく、誰かに動かされているんですね? その人は、お父さんに何をさせるつもりなんでしょう?」


「それはわからないが、善行なら自分ですればいいんだ。きっと悪事に利用するつもりなんだろうな。一角獣は悪魔のなかでも強いほうだし、魔法にも長けている」


「お父さんを助けてください。おじさん」

「もちろんだよ。モマンダムール」


 モマンダムールはまだ幼いのに、自分の生まれてきた特殊な事情を承知している。インウイの夫のシャマードや、夫婦の正式な子どものシャンダロームに遠慮して、ほんとは祖父であるソルティレージュのことを、おじさんと呼ぶ。シャマードやシャンダロームの前では、インウイのことをお母さんと呼ぶこともない。


 賢くて心の清らかなこの子が、ソルティレージュは不憫ふびんでならなかった。まだまだ母親に甘えていたい年なのに、モマンダムールは必要以上に大人びた態度をとって、周囲に心配かけまいとしているのだ。


「カレーシュにそんなことがあったなら、エキパージュにも知らせないとな。カレーシュ本人を探す係と、カレーシュの封じられた心を探す係にわかれなければ。ポワーブルも手を貸してくれるだろう」

「お願いします」


 というわけで、ソルティレージュは仲間を募った。数の多いゴブリンを動かせるポワーブルは地上を、エキパージュと一角獣の仲間には魔界を探索してもらう。もちろん、ソルティレージュも世界中を駆けまわったし、インウイやシャマードも手伝った。


「ぼくはカレーシュに借りがある。今度はぼくがカレーシュを助けないと」と、インウイが言えば、シャマードも、

「おまえの借りなら、おれの借りでもある。おれもできるかぎりのことをするよ」と、うなずいた。


 人海戦術でカレーシュの行方を追っていた、ソルティレージュたちが探りあてたのは、魔界の不穏な動向だった。


「近ごろ、おかしいぞ。貴族たちが集まって妙な動きをしている。どうも、よからぬ陰謀があるらしい」


 そのころ、魔界は貴族制だった。

 魔界を統括とうかつするの魔王だが、その魔王を選出するのは貴族院だし、魔王の統治にも口出しすることができる。


 魔界には種族の異なる悪魔が多数いて、自分の種族の者が王座につくことを競っていた。魔王選抜のときには、大きな戦に発展することもある。


「陰謀だって? 魔王が代変わりするときには、そんなこともあるが、今の王ミラージュ様はまだお若い。どうして、そんなおかしなことになったんだ?」


 ソルティレージュはエキパージュに尋ねた。エキパージュは魔界で暮らしているので、情勢に詳しい。


「ミラージュ様が強硬派なんだ。おまえはミラージュ様の代になってから、あまり魔界にいたことがないから知らないだろうが、あのかたは何かと言えば、貴族たちがまつりごとに口を出し、実権を握っていることが気に食わないらしい。貴族たちを抑えつける政策をこれまでにも行なってこられた。それが貴族たちの反感を買ったんだ。そういう動きは何年も前からあったがね」


 「カレーシュを以前、あやつっていた仮面の魔女は、死ぬ前にミラージュ様のお名前を呼んだ。あのときイヤな気がしたんだ。もしや、あれが今回のカレーシュのことと関係があるんだろうか?」

「だとすると、王宮に潜入してみなければならない。そこにカレーシュがいるかもしれない」


「まあ待て。王宮に潜入だなんて穏便じゃない。いくら怪しいからって、証拠もなしにそんなことをしたら、見つかったときに申しひらきできないぞ。せめて、カレーシュが確実にいるという証がほしいな」

「しかたない。参内権を持つ連中に頼んで、なかのようすを見てきてもらおう」


 貴族の位がなければ、王城へは入れない。貴族の位は種族のなかでも代表格の者にだけ与えられている。一角獣なら、長とその親族だ。以前なら、金の角を持つ兄のマジノワールも、特別に伯爵の位を持っていた。カレーシュも金の角だが、人間界で育ったので、正式に魔王にお目通りしたことがない。


「アビルージュなら頼まれてくれるだろう。若くて血気盛んだからな」


 赤い毛並みと紫色の角の、長の一人息子だ。アビルージュは快く承諾した。


「カレーシュが王宮に隠されているのかもしれないのか。いいだろう。おれが見てきてやるよ」


 意気込んで出かけていったのに、それきり、アビルージュは帰ってこなかった。


「おかしいな。やっぱり王城は怪しいぞ。陛下の仕業なんだろうか?」

「困ったことになったなぁ。カレーシュばかりか、アビルージュまで。このままアビルージュが帰ってこなければ、長も黙ってはおられまい」


 次の手に困っていたとき、今度は人間界からお呼びがかかった。ポワーブルが何か発見したというのだ。

 ソルティレージュは魔界のことをエキパージュに頼んで、人間の世界に帰っていった。

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