最終話 おとぎ話の終わりに

最終話 おとぎ話の終わりに その一



 魔法屋の森に秋がやってきた。

 いつもは晩秋になってから帰ってくるソルティレージュたちだが、今年は早めに帰宅した。それにはわけがある。


「おかえり! 父さん。母さん」


 可愛い娘に出迎えられて、ソルティレージュは満面の笑みで、インウイを抱きしめた。


「元気そうだな。それで——どうなんだ? もう生まれたのか?」


 インウイは二人めの子どもを身ごもっているのだ。いや、身ごもっていた。

 ソルティレージュが周囲を見まわすと、魔法屋のなかから、シャマードが出てくる。


 娘婿のシャマードは、十八歳くらいの少年に成長した。つまり、それでやっと、念願の夫婦のあいだの子どもを妻に授けることができたわけだ。


 インウイも少年っぽい見ためだが、さすがに戦神と異名をとった騎士の生まれ変わりだけに、シャマードは十八でも凛々しい。剣や槍を使わせれば、もはや太刀打ちできる者はいない。背中の黄金の翼も立派になった。


「お帰りなさい。お義父さん」


 シャマードが腕にゆりかごを抱いていたので、ソルティレージュは大喜びで駆けよった。


「生まれたんだな? どっちに似たんだ? インウイに似た女の子なら言うことないんだが。もちろん、男の子でも——」


 かごのなかをのぞきこんだソルティレージュは、ちょっとのあいだ言葉につまった。


「うっ、これは……」

「いやね。ソルティレージュったら、そんなに感動したの? どんな赤ちゃん?」


 笑いながら歩みよったアンフィニも絶句する。

 インウイとシャマードは顔を見あわせて苦笑した。


「この子、卵から生まれてきまして……どうも、私のガチョウの血が強かったらしいですね。ガッカリさせて申しわけありません」

「そんなことないよぉ。ちゃんと一角獣の姿だよ。角だって金色だし。ねえ、父さん?」


 インウイに同意を求められて、ソルティレージュも苦く笑う。


「いや、うん。ちょっと驚いたが、可愛い子だよ。黒毛に金の角か。兄さんを思いだすなぁ」


 崇高すうこうな一角獣だった兄とくらべるのは、少し言いすぎだっただろうか。

 シャマードの言うとおりだ。その子はシャマードに命を与えた、金の卵を生むガチョウの血が濃かったようだ。


 だが、愛らしいのは事実だ。全身の黒い毛並みは、シャマードの黒髪から。金の角もシャマードから受け継いだのだろう。背中にはシャマードと同じ金色の翼がある。瞳の色だけは、インウイから貰ったエメラルド色で、ちゃんと一角獣の形をしている。


 ただ、卵から生まれたというだけに、そのサイズがとても小さい。要するに、ガチョウサイズの一角獣だったのだ。


「これだけ小さいと、一人前になっても、ポニーくらいにしかならないな」


 それも、とびきり小さい種類の——と、ソルティレージュは心のなかで補足する。


 アンフィニがとりなすように言った。

「でも、ほら。姿はとても整った子どもよ。配色だっていいじゃない」


 ソルティレージュは気をとりなおした。


「そうだな。ところで、インウイ。この子の名前は?」

「うん。シャンダロームに決めたよ」

「一角らしい、いい名だ。よしよし。男の子か。お祝いするぞ」


 魔法屋の森はベビーラッシュだ。

 森の入口にあるゴブリン城では、ポワーブルとコリアンドルが、兄弟そろって子どもをもうけていた。子どもたちのお祝いは、ゴブリン城で合同で行うことになった。


「おいおい。ポワーブル。おまえの息子、男のくせに、なんていい匂いがするんだ。ちょっと妖しすぎるぞ。エメロードに似て、とんでもなく麗しいし」

「そうだろ。そうだろ? この子は今に、魔界でも人間界でも類を見ない美男子になるぞ」


 ポワーブルが得意げに自慢するのもしかたないほど、エメロード似の黒髪のその子どもは容姿端麗だ。処女の肌にしか陶酔をおぼえないはずの一角獣のソルティレージュが、くらくらするような官能的な芳香を放っている。名前をナルシスノワール——黒水仙と言った。


「ゴブリン族始まって以来、こんなに綺麗な子どもはお目にかかったことがないね」


 自分が醜い小鬼なので、ことに嬉しいのだろう。ポワーブルは有頂天だ。


 もう一人のコリアンドルの子どもも可愛いらしい。顔形ではエメロードの子どもにかなわなかったものの、金色の髪の可愛らしい女の子で、こちらもまた、すこぶるいい匂いがする。マヨナラの花を思わせる香りだ。名前をロリガンという。


 ただ、やはり二人とも小人族のサイズの赤ん坊だった。


「こういう匂いのする娘に、一角獣は弱いんだよなぁ。うちのシャンダロームにちょうどいい大きさの子どもだ。三人ならべると、まるでお人形だ」


 小さくて美しい子どもたちは、大人たちの祝福をあびるほど受けた。


 それから数十年の月日が経った。

 人間にくらべて成長の遅い魔物の子どもたちは、親指サイズから手の平サイズまで大きくなった。容姿は人間でいう四、五歳。一角獣のシャンダロームは子犬くらいには大きいが、それでやっと、普通の一角獣の赤ん坊の大きさだ。


 親たちから大切にされて育った子どもたちだが、ただ一つ、固く禁じられていることがあった。人間の前に姿を見せることだ。体の大きさや見ためから、人でないと、ひとめでわかってしまうからだ。


「このごろ人間の世界が住みにくくなってきた。どの国でも魔法を使う者に対して、あしらいが冷たい。以前は魔法使いと言えば、あんなに重宝がられていたのに」


 旅に暮らすソルティレージュは、その変化を敏感に察していた。

 魔法を蔑視するような風潮に世の中が染まってきている。近ごろは森の魔法屋を訪れる客もいなかった。それどころか、ソルティレージュたちを見ても、けむたがって近寄ろうとしない。


「おれたち大人は人間の姿に化けられるからいいが、シャンダロームはまだ人の形をとれない。ここは子どもたちのために、しばらく魔界に帰っていたほうがいいかもしれないな」


 そんなことを話していた矢先だった。

 カレーシュが沼地の城で育てている息子のモマンダムールが、とつぜん、森の魔法屋を訪れた。


 モマンダムールは人間で言えば、七、八歳。人間に化けることができるようになっている。インウイ譲りの美貌と、カレーシュから貰った金髪の美少年は、青い顔でソルティレージュにしがみついてきた。


「おじさん。助けてください。大変なんです」

「どうしたんだ。モマンダムール。血相を変えて」


 沼地の魔法使いアンプレブーと、カレーシュの母ジュルビアンは、先年、天寿をまっとうした。今では沼地の城には、カレーシュとモマンダムールしか住んでいない。


 モマンダムールがソルティレージュを頼ってきたということは、カレーシュの身に何かが起こったとしか考えられない。


 モマンダムールは、こう告げた。


「お父さんが急におかしくなって、お城をとびだしていってしまったんだ。目つきが変だったし、ぼくが話しかけても返事してくれなかったよ」

「なんだって? カレーシュが? そのときのこと、もっと詳しく話してごらん」


 聞くと、カレーシュのようすは、以前、仮面の魔女にあやつられていたときと似ていた。

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