第11話 仮面の恋 その九
あたりに金色の光が満ちた。
壁にかけられた仮面が光に溶けるように消えていく。
カレーシュを通して娘たちにかけられた魔法が、カレーシュが心をとりもどしたことで解けたのだ。
仮面の魔女が悲鳴をあげて顔を押さえた。顔につけていた仮面も、もとの持ちぬしのところへ返ったからだ。
「見るなッ! 見るなァーッ!」
両手で顔を隠したまま逃げだそうとする。すかさず、ソルティレージュとエキパージュの角が魔女の体をつらぬいた。仮面の魔女は血を吐いた。
「ミラージュ様! お許しを——」
それが、凶悪な魔女の最期の言葉だった。
心をとりもどしたカレーシュは、悲哀のこもる眼差しで、魔女のおもてに布をかけた。
「見ないであげてください。彼女はこの顔のために、言うに言われぬほど苛酷な生きかたを強いられたのです。人々の蔑みを受け、汚物のように嫌われ、石つぶてを投げられて、それはもう地獄のような日々でした。醜さをあげつらう男たちを恨み、美しい女を妬み、その憎悪の気持ちだけで生きてきたのです。かわいそうな人でした。心が砕けそうなほど傷ついていた僕のことだけは、仲間として受け入れてくれたのです」
「そうだったのか……」
「土に埋めてあげましょう。これでもう、彼女は自分の醜さを気にすることはない。やっと安らかに眠れることでしょう」
カレーシュはそう言って、みんなに頭をさげた。
「僕は心を封じられているあいだ、恐ろしい魔法に手を貸していたようですね。償いをしなければなりません」
決心を秘めた表情を見て、ソルティレージュはひきとめた。
「死ぬつもりじゃないだろうな? そんなのは償いじゃないぞ。謝罪の気持ちがあるのなら、悲しい思いをさせた娘たちを幸せにしてやることだ。一人残らず、全員だ」
「そんなこと、僕にできるだろうか?」
「できるさ。おまえ一人ではできなくても、おれたちが力をあわせればな。いいか? カレーシュ。おまえはこれから、どんなことがあっても忘れてはいけない。おまえには、おまえを心配する三人の父親がいることを。おまえを育ててくれた人間の父、アンプレブー。おまえの成長を見守ってきた、このおれ。そして血をわけた実の父、エキパージュだ。おれたちは、おまえが窮地に立ったなら、どんなときでも駆けつける」
三人の父の優しい微笑を見て、もう一度、カレーシュは泣いた。
その後、捕まっていた男たちは、無事にそれぞれの故郷へ帰っていった。別れぎわにソルティレージュからお土産の魔法を貰ったことを、彼らは知らない。それぞれの故郷で、仮面の魔女によって苦しめられた娘と恋に落ちるという魔法を。
「今ごろは顔を奪われていた娘たちも、もとに戻っているな。どんな魔法だったのかわからないが、顔を奪われているあいだに飢え死にする者などがなくてよかった」
ソルティレージュの言うとおり、娘たちは以前の美貌をとりもどした。
あのキャナンガ姫は、つらかったあいだ、ずっと慰めてくれた騎士のアガタと結ばれた。ほかの娘たちも、ソルティレージュの例の魔法が効いて、今度こそ誠実な恋人を見つけることができた。
「なあ、ほら。カレーシュ。みんな、ちゃんと幸福になっただろ? これでいいんだよ」
「子どものころは、ソルティレージュのこと、ただの女好きだと思ってたけど、恋っていうのは奥が深いね。ポワーブルなんて、あんなことがあった奥方を、すんなり許してしまうしね」
遅れてやってきたポワーブルは、エメロードと親衛隊のようすを見て、彼らのあいだに何があったのか、たちどころに気づいた。
「奥。おまえ、また、あいつらと……」
「ごめんなさい。どうしても、あの人たちを見殺しにできなくて……」
つかのま、ポワーブルはいじけていたが、けっきょくは、
「おまえの愛してるのは誰だ?」
「もちろん、世界中であなただけよ」
「ならいいよ」
と言ったぐあい。
カレーシュは彼らを見て、思うところがあったようだ。
「ポワーブルはえらいよ。僕はポワーブルと同じ気持ちをシャマードにさせたんだね。シャマードがモマンダムールのことを許してくれて、ほんとに感謝している」
カレーシュのたっての願いで、モマンダムールは彼の手で育てられることになった。モマンダムールにとっても、母親が父ではない男と愛しあっているさまを見て育つより、そのほうがよかっただろう。
「僕の想いが叶うことはないけど、もう平気だ。モマンダムールがいてくれるから。僕たちの愛の結晶が」
ソルティレージュはある提案をしてみた。
「カレーシュ。もし、おまえが永遠の愛の魔法をといてほしいなら、おれがそうしてやる。必ず、方法を見つけて」
しかし、カレーシュは首をふった。
「いいんだ。この想いは、僕の宝物だから」
「そうか」
別の男を愛する人を、生涯、静かに見守る道を選んだカレーシュに、ソルティレージュは頭がさがる思いだ。
ほんとのところ、インウイはカレーシュを恋人として思っていたのだろうと、ソルティレージュは考える。あまりにも自然な想いで、それが恋だとも気づかないまま。
もしも、シャマードと出会うことがなければ、インウイはいつか自分の気持ちに気づいて、カレーシュと結ばれていたに違いないと。
だが、もうこれでいいのだろう。
それからしばらくして、男どうしで酒をくみかわしながら、ソルティレージュは自分の胸にしまっていた疑念をポワーブルに打ち明けた。
「気になってることがあるんだ。聞いてくれるか? ポワーブル」
「うん。なんだ?」
「仮面の魔女が死んだとき、最期に叫んだんだ。ミラージュ様と。あれが、おれにはひっかかってならない」
「ああ。とんでもない置き土産をしてくれたみたいだな」
そう。恐ろしい置き土産だ。
ミラージュというのは、この時代を統べる魔界の王の名だ。
「魔界に不穏な動きがあると、エキパージュも言っていた。悪いことが起こらなければいいんだが」
「仮面の魔女は、あのおかたに踊らされていたと?」
「それはわからないが」
なんとなく不安な夜だった。
近いうちに、何かが起こりそうな……。
了
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