第11話 仮面の恋 その八



 そのころ、アンフィニは、ようやくソルティレージュのもとに帰ることができた。ソルティレージュがなかなか雪の降る場所に来てくれなかったのだ。アンフィニはソルティレージュの近くの新雪からしか生まれてこられない。


「よかった! やっと会えた。大変なの。早くお母さんを助けにいって!」


 アンフィニから魔女の居場所を聞いたソルティレージュは、一角獣にだけ伝わる魔法の合図を送った。エキパージュと、赤ん坊をつれたインウイが駆けつけてくる。


「場所がわかった。急ごう」


 ソルティレージュたちは一角獣の姿に戻り、全速力で疾駆しっくした。

 その途中、


「インウイ。カレーシュの心は見つかったか?」

 たずねたが、インウイは首をふった。


 魔女の家は外から見ると、おんぼろな小屋のようだった。今にも崩れそうな粗末な家だが、なかに入ると信じられないほど広い。魔法でできた家なのだ。


 廊下を駆けていくと、今まさに、エメロードと親衛隊が魔法の剣に串刺しにされようとしていた。


 ソルティレージュは魔法で盾を作り、エメロードたちを守った。剣は盾に弾かれ消えてしまう。


「魔女! おまえの相手は、おれたちだ!」

「おのれ。よくも邪魔してくれたね! そんなに死にたいなら、あんたたちから殺してやるよ!」


 魔女は強力な死の呪文をソルティレージュたちに投げつけてくる。


「なんの!」


 今度はエキパージュが吸収の魔法で、死の魔法を小さな香水瓶のなかに吸いこんだ。


 一角たちが戦っているすきに、

「お母さん。このあいだに逃げましょう」

 アンフィニに言われて、エメロードは男たちをつれて逃げだした。


「ちくしょう。あたしのコレクションが……許さないよ。あんたたち!」


 激しい魔法の攻防がくりひろげられた。しかし、いかに邪悪な魔女とは言え、三対一だ。すぐに魔女は劣勢になった。


 そこへやってきたのが、沼地の魔法使いアンプレブーだ。


「ダメだ! そいつを傷つけると、顔を奪われた娘が死んでしまう!」


 あわてて、ソルティレージュは魔法の手を止める。

「どういうことだ?」


 たずねると、アンプレブーが口早に告げる。


「そいつは仮面の魔女だ。その顔は本物じゃない。娘たちから奪った顔を、仮面にしてかぶっている。仮面をかぶった魔女を傷つけると、その傷は顔のほんとの持ちぬしが負ってしまう。まずは、そいつから仮面を奪いかえさなければ」

「そういうことか。なんて、やっかいな」


 魔女は調子にのって、切り札を呼びつけた。

「ふん。わかったようだね。あんたたちなんかにやられるもんか。カレーシュ! やっておしまい!」


 カレーシュがやってくる。

 邪悪な魔女に心をにぎられたカレーシュは、自分の愛しい者たちを前にしても、無表情なまま襲いかかってきた。インウイを目にしたときは一瞬だけ戸惑いの表情を見せたが、それも魔女の叱咤によってかききえる。


「何してるんだ! さっさと殺せ!」


 インウイは必死に、カレーシュを正気に戻そうとする。

「カレーシュ! ぼくがわからないのッ?」


 カレーシュの攻撃はやまない。

 すがりつこうとするインウイを、ソルティレージュがとどめる。


「ムダだ。今のあいつは、おれたちの知るカレーシュじゃない」


 ソルティレージュたちは、たちまち苦戦した。たとえ殺してでもカレーシュを引き止めたい——そうは思っても、やはり対峙すると、ソルティレージュたちの攻撃は鈍る。カレーシュにはためらいがないので、しだいに形勢が逆転してくる。


 仮面の魔女がこれを見て高笑いした。


「いいねぇ。愛しあう仲間どうしが殺しあう。カレーシュは、あんたたちのことなんか忘れてしまいたいと言ったんだよ。だから、あたしが忘れさせてあげたのさ」


 インウイが叫ぶ。


「カレーシュがぼくらのことを忘れるもんか! ねえ、カレーシュ。君を傷つけたこと、謝るよ。ぼくは君にひどいことをした。でも、今でも君を愛しているよ。それは恋ではないかもしれないけど……あのとき、君といて幸福だったのは、ほんとなんだ」


 インウイは泣きながら、カレーシュの前に赤ん坊をさしだした。


「モマンダムール。ぼくと君の子どもだよ!」


 モマンダムール——

 それは、“愛の時”を意味する言葉。


 カレーシュのおもてに激しい懊悩おうのうが浮かんだ。深い苦悩と、それにも勝る愛の記憶が、カレーシュを魔女の呪縛から解法した。


「インウイ……君は、この子に愛の時と名づけたのか。罪の子である、この子に……」


 カレーシュの双眸から涙があふれ、したたりおちる。


「そう言ってくれるのか? 僕たちのあの時間は、愛だったのだと」

「だって、ぼくは君のこと、好きだもの。その気持ちは変わらないよ」

「ありがとう。インウイ……」


 カレーシュが魔女の呪縛に打ち勝った瞬間、魔法の弾ける音が響きわたった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る