第11話 仮面の恋 その七



 獣のような姿に変えられた男たちが、口々に叫ぶ。


「ミル様! お願いです。もとの姿に戻してください!」

「あなたを愛した私に、なぜ、こんなひどいことをするのですか?」

「私を愛していると言ってくださったのは嘘だったのですか?」


 だが、ミルは笑い声をあげる。


「うるさいね。あたしがおまえたちなんて愛するわけがないだろう? ちょっと綺麗な女の顔で迫ったら、ホイホイとびついてきたくせに。まったく男ってやつは、しょうがない生き物だよ。獣の心しか持たない連中だ。おまえたちにはその姿がお似合いさ」


 男たちを嘲笑い、魔女はエメロードをかえりみた。


「どうだい? あたしの自慢のコレクションは。どいつもこいつも、あたしの顔にたぶらかされて、このざまさ。あんたも魔法を使うならわかるだろう? この呪いを解けるのは、魔法をかけたあたしだけ。だから、こいつらは心では憎いと思っても、あたしにおべっか使って、もとに戻してもらおうとしているんだ」


 エメロードは心を痛めた。


「なんてひどいことを。ほんとは好きじゃないのに、愛しているふりをして恋をしかけておきながら、相手が夢中になったら手の平を返して冷たくするだなんて。相手が娘たちのときには、かわりにカレーシュを使って同じことをさせたのね?」


「そのとおり。心を封じて、からっぽになったカレーシュの体を操ってね」


「どうして、そんなふうに人の心を弄ぶの?」


「おまえなんかにわかりはしない。あたしの心なんて。生まれながらに、虹のようにも夕映えの渚のようにも美しいおまえなんかに。あたしはね、男も憎いが、おまえみたいな綺麗な女はもっと憎いんだ——カレーシュ!」


 ミルは人形のようなカレーシュに命じる。

「檻の鍵をあけて、なかから獣人を出しな。どれでもいい」


 うつろな目で、カレーシュは鉄格子の鍵をあけた。なかから一体の獣人をひきずりだす。出された獣人は、ひいひい泣いて抵抗する。これから何が起こるのか、彼は知っているのだ。


 そのようすを見て、「なさけないねぇ」と、魔女は笑う。


「今から、あたしは、こいつを殺す。かんたんには殺さないよ。手足の指を一本ずつ切ってやろうかねぇ? そのあと、ちょっとずつ肉をそいで、どのくらいまで息があるのか見てやろうか?」


 エメロードは聞いただけで気分が悪くなった。


「そんなことしないで。あなただって昔は人間だったんでしょう? どうして、そんなことができるの?」


 魔女はエメロードの反応を楽しんでいるようだ。


「おやおや。こいつのために命乞いかい? やっぱり顔が綺麗な女は心もキレイなんだねぇ。あんたにこいつを助ける方法が一つだけあるよ」

「まあ、どうするの?」

「あんたが、かわりにこいつに抱かれるんだ。そしたら、こいつの命は助けてやってもいい」

「そんな!」

「ああ、いいんだよ。できないんなら、こいつを殺してしまうだけだから。あんたはそこで、すまして見てればいいんだよ」


 エメロードは迷った。

 できることなら、もう二度とポワーブルを裏切りたくない。せっかく処女の体に生まれかわって、今度こそは生涯、ポワーブルだけと心に決めていたのに。


 ためらうエメロードを見て、檻から出された男は泣きわめくのをやめた。青ざめたおもてをふせて、自分が殺される覚悟を決めたようだった。


 エメロードも決意をかためた。

 この男は今、エメロードを思いやって自分を犠牲にしようとした。こんな心根の優しい気高い人を死なせてはいけないと。


「……わかりました。言うとおりにします」


 魔女は驚いていた。なんとなく忌々しげだ。しかし、いったん約束したことは曲げられないのが魔法使いのルールだ。


「ふん。じゃあ、そうしてもらおうかね」


 ミルは鞭をふるって、エメロードを拷問台の上に追いやった。

 アンフィニのつれてくるはずの救援はまだ来ない。まにあいそうにない。


(ごめんなさい。ポワーブル……)


 しかたなく、エメロードは服をぬいだ。

 純白の裸身は輝くばかりで、女神のように神々しい。

 ミルの目が憎悪の炎にゆらぐ。


 その日から、エメロードは毎夜、夜明けまで檻のなかの獣人に可愛がられた。心ではポワーブルを求めながらも、エメロードの体はつながれば喜ぶようにできている。ほかの男の名を呼びながら乱れるエメロードの姿に、感情を失った人形のはずのカレーシュが、苦しげに胸をかきむしった。かつての自分とインウイの姿を連想させるのだ。


 だが、エメロードの痴態を嘲笑うことに一心不乱の魔女は、カレーシュのそのようすに気づいていない。


 そんなことが連夜続くと、ほどなくして、檻のなかの全員と、エメロードは関係した。


「エメロード。あなたのように美しい人に、つらい思いをさせて、すまない。魔女にこんなめにあわされて、じつのところ女を憎んでいたが、あなたのおかげで気持ちが変わったよ。あなたのためなら、どんなことでもする。魔女は残忍なやつだから、いずれ、この遊びにも飽きて、今度はあなたの体を切り刻もうとするだろう。だが、安心してくれ。あなたのことだけは守る。私の命に代えてもだ」

「おれもだよ。あんたのためなら命をすてる」

「僕もだ」


 我も我もとみんなが言い、なんだか、エメロードとその親衛隊のようになってきた。エメロードも彼らのことを恨んではいない。いつのまにか、すっかり仲良しになっていた。


「大丈夫よ。きっと近いうちに、わたしの夫と、その友達の強い魔法使いが助けにきてくれるわ。それまでの辛抱よ」

「あなたの夫なら、驚くような美男なんだろうね」

「いいえ。あの人は見ためは美しくないのよ。でも、わたしが愛したのは姿形ではないの」

「そうか。私たちが愚かだった。あんな女の容姿に惑わされて。今度ということがあるのなら、あなたのように心の美しい人と恋したいものだ」


 そのように話していたところ、ある夜、願ってもない逃亡のチャンスが来た。毎夜、インウイを思わせるエメロードの姿に悩まされて、カレーシュの呪縛がだんだん、ゆるくなってきたのだ。うかうかと檻の鍵をかけ忘れてしまっていた。


「今のうちに逃げだそう!」

「でも、魔女に見つかったら……」

「そのときには、おれたちが、あんたを守る」


 エメロードたちは、そろって檻をぬけだした。


 だが、魔女は用心深く、地下室から出るための扉に細工をしていた。扉をあけると、いつでも魔法の音で魔女に知らせるようにしてあったのだ。


 魔女は怒り狂って走ってきた。

 エメロードたちは地下室を出たところで、魔女に行く手をふさがれた。


「逃げだそうとは生意気な。みんな殺してやる!」


 魔法使いの剣が、天井から無数に降ってきた。


 数えきれない剣が雨のように降る。

 男たちは全員でエメロードをかばった。一人、また一人と魔法の剣の前に倒れていく。


「エメロード。君は逃げて……」

「さよなら。エメロード。君に会えてよかった!」


 ところが、どうだろう。

 血を流して倒れた男たちは、次の瞬間、醜い獣人の姿から、凛々しい人間の男に戻っていた。傷も治っている。


「おお、呪いが解けた!」

「どういうことだ?」


 呪いをかけるときには、その解きかたも定めておくのが魔法のルールだ。そうしなければ、呪いをかけることができない。

 魔女は男たちに呪いをかけるとき、愛した女のために、自分の命をなげだすことを解法の条件にしていたのだ。


 呪いを解かれた魔女は、さらに憤激した。ふたたび、邪悪な剣がエメロードと男たちを襲う——

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