第11話 仮面の恋 その六



「カレーシュ。あなたはほんとにカレーシュなの? いったい、どうしてしまったの? いくら正気じゃないからって、こんな血の匂いのなかで、一角獣が平気でいられるわけがない」


 アンフィニが問いつめても、カレーシュは無表情なおもてで、二人を血で汚れた床になげだした。


 そのようすが、なんだかおかしい。

 正気を失ってるいというより、心がまったく存在していないようだ。血と肉を持った人形にすぎないものが、何者かに操られて動いているように見える。


「カレーシュ?」


 アンフィニが見つめていると、暗がりから人間が立った。いや、もしかしたら人間に化身した悪魔なのかもしれない。そうでなくて、どうして、これほど恐ろしいことができるだろう。


 人影とともに灯がついて、室内が明るくなった。人骨や獣の死骸などより、ずっとおぞましいものが壁のいたるところにかけられていた。


 それは奪われた娘たちの顔。

 人間の皮と肉でできた、生きた仮面だ。百ほども飾られている。


「よくやった。カレーシュ。こんなにも美しい娘がこの世にいるとは思いもしなかった。それも、二人も。憎い。憎いね。なんて憎らしいほどの美しさだろう」


 ギョッとして、アンフィニとエメロードがふりかえると、明々と燃える暖炉の火の前に、女が一人、立っている。


 すらりと背が高く、とても美しい黒髪の女。もちろん、アンフィニやエメロードほど容姿端麗ではないが、人間の女のなかでは最上と言えた。ただ、その女からは体にしみついて消すことのできない血の匂いがしていた。


 アンフィニはふるえあがって、エメロードにしがみついた。

 エメロードは生まれたときは男だったので、アンフィニよりは気を強く保っていた。アンフィニの肩を抱きしめて、問いただす。


「あなたは誰です?」


 女は嫌な目つきで、エメロードをなめるようにながめる。


「あたしはミル。魔法使いさ」

「嘘。あなたは悪魔でしょう?」

「以前は人間だったのさ。悪魔に魂を売って、今の力を得たんだよ」

「人間の顔を奪って、仮面にする力ですか? なぜ、こんなむごいことをするのです。あなたのしたことのために、どれだけ多くの人が苦しんでいると思っているのですか?」


 女悪魔はバカにしたように、せせら笑った。


「このあたしにたてつくとは、いい度胸だ。おまえたちの美は甲乙つけがたいが、おまえのほうがもう一人の娘より、さらに美しさで一段まさっている。おまえほど麗しい女は、世界中どこを探してもいやしないだろう。決めた。おまえをとことん痛めつけてやるよ」


 エメロードはミルとにらみあう。

 アンフィニが心配してささやいた。


「お母さん。どうするの?」

「心配しないで。アンフィニ。暖炉に火が燃えているわ。あなたは雪の精だから、体をあたためると消えてしまうでしょう? そして、ソルティレージュの近くの新雪から生まれてくる。それを利用するの。あの暖炉にとびこむのよ。あなたは逃げて、ソルティレージュたちに、この場所を教えて」


「でも、そんなことをしたら、お母さんが……」

「二人でも、この人を負かすことはできないわ。それより、どちらか一人だけでも逃げて、助けを呼ぶほうが利口よ」

「……わかった。待っててね。できるだけ早く帰ってくるから」


 ささやきあって、二人は立ちあがった。エメロードがミルにむかって小さな魔法の稲妻をあびせているうちに、アンフィニは駆けだした。


「きさま! 何をするつもりだ!」


 ミルが叫んだときには、アンフィニは暖炉の火のなかに自らの身を投じていた。アンフィニの体は溶けて炎のなかに消えていった。


「ふん。どんな魔法を使ったんだ? だが、まあいい。おまえだけでも楽しめる。自分が逃げておかなかったことを後悔させてやるよ。あたしを怒らせたことをね——カレーシュ。その女を地下へつれてお行き!」


 ミルに命じられて、カレーシュは人形のように従った。エメロードはカレーシュに腕をつかまれて、ひっぱっていかれながら、説得を試みる。


「カレーシュ。あなたはさっき、わたしの瞳を見たとき、ひるんだわね? この目の色が、インウイを思いださせるからじゃないの? あなたは今でも心のなかでは、インウイを愛しているんでしょ? それなら、こんな人の言いなりになっていてはダメよ。インウイが悲しむわ」


 カレーシュに反応はない。背後からついてくる魔女が高笑いした。


「ムダだね。そんなこと言ったって、こいつにわかるもんか。こいつの心は、あたしが握っているんだからさ」

「それはどういう意味なの?」

「教えてやるわけないだろ」


 やっぱり、相手は悪魔だ。

 それも、ソルティレージュやポワーブルのような気のいい悪魔ではない。正真正銘の邪悪な魔物なのである。


 薄暗い建物のなかをつれられていくと、地下は広い一室になっていた。拷問ごうもん部屋らしく見えた。大きな檻のような鉄格子の小部屋が、四方の壁にそってつらなっている。


 檻のなかには、醜い生き物が何十もうずくまっている。犬のようだったり、猿のようだったり、大きな鷲のようだったりするが、自分も魔法を使えるようになったエメロードにはわかった。それらがすべて、もとは人間の男だということが。呪いによって姿を変えられてしまったのだ。どの男も顔だけは人間のころのままなのだろう。醜い動物の体に見目よい顔がついているのが、なおさらに男たちを惨めに見せていた。

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