第11話 仮面の恋 その五



 すると、黙って話を聞いていた沼地の魔法使いアンプレブーが言いだす。


「気になることがある。ちょっと、私はそっちを調べにいくので、しばらく別行動をとらせてくれ」


 そう言い残して、どこかへ行ってしまった。


「気になることって、なんだろう?」

「まあ、おれたちは、カレーシュを捕まえることだけ考えよう」

「だからって、奥は囮になんかさせないぞ」


 ポワーブルは断乎、反対するのだが、このようすを見ていたエメロードが、つましく言った。


「殿。これまで、わたしたちは何度も、ソルティレージュに力を貸してもらいました。そうでなければ、今のわたしたちはなかったわ。今度はわたしたちがお返ししましょうよ」

「なんてけなげなことを言うんだ。奥や。おまえは怖くないのかい?」

「怖いけれど、あなたやソルティレージュが守ってくださるもの」


 エメロードが言うので、アンフィニまで、

「ソルティレージュ。わたしもやるわ。二人なら危険は少ないはずよ」


 男なんて身勝手なものだ。自分の恋人のこととなると、危険にさらしたくない。ソルティレージュは反対したが、アンフィニは聞かなかった。


 というわけで、女二人が囮になって、カレーシュをひきよせることになった。ソルティレージュたち一行は、ゴブリンの精鋭を数人ひきつれて、顔を奪われたキャナンガ姫の城へ戻った。


「アガタと言ったっけな。あの騎士」


 ソルティレージュを牢から出してくれた、あの騎士を介して、ソルティレージュは王の協力を得た。すなわち、エメロードとアンフィニをキャナンガ姫の妹ということにして城に住まわせ、その美貌を周囲の国々にまでウワサされるよう、大々的に宣伝したのだ。


「これで今一度、曲者が現れるのか?」と尋ねるアガタに、ソルティレージュは断言する。

「もちろんだ。なにしろ、囮がこれほどの美女二人だ」

「うむ。たしかに、宝玉や雪の結晶のように美しい。まるで人ではないかのようだ。なにやら近寄りがたい。私はキャナンガ姫のほうが愛らしいように思う」


 アガタはひそかに姫を慕っているらしい。


「では、おれたちは陰に隠れて見張っている。何かあったら、すぐに大声を出すんだぞ」

「ああ、奥……心配だ」


 豪華な寝室に女二人を残し、ソルティレージュ、エキパージュ、ポワーブルとゴブリンたちは、寝室の近くに待ち伏せた。


 二十日ほど経ったころ。

 ウワサが街から街へ広まると、怪人はやってきた。

 アンフィニとエメロードの悲鳴が聞こえ、ソルティレージュたちは寝室に駆けつけた。だが奇妙なことに、そのときにはもうカレーシュも、美少女二人の姿もなかった。


「おかしいぞ。カレーシュの匂いがしなかった。ここに残っているのは、もっと嫌な匂いだ」

「それに、あいつは女の顔だけを奪っていくんじゃなかったのか? 女ともどもいなくなってしまうとは、どういうこった?」

「おれたちが見張っていることに感づいたのかもしれない。急いで追うぞ」


 こっちには嗅覚の鋭敏な一角獣が二頭もいる。追跡は簡単なはずだった。

 ところが、城を出たところで、とんでもない悪臭にまぎれて、アンフィニたちの匂いを追えなくなってしまった。城門の前に死んだ山羊の血が、大量にぶちまけられていたのだ。


「さすがに一角獣の弱点を心得ているな。こっちが血の匂いを嫌うことを知っている」

「そんなこと言ってる場合かよ。どうするんだ? おれのエメロードがさらわれてしまったぞ」

「アンフィニもだ。やつの隠れ家につれていかれたんだ」


 ソルティレージュたちは途方に暮れた。相手はカレーシュとは言え、正気を失っている。アンフィニやエメロードでも、何をされるかわからない。ソルティレージュたちは自分の身が焼かれるように苦しい。


「とにかく手分けして探そう。血の匂いが消えたら、おれとエキパージュはアンフィニたちの匂いを追ってみる。ポワーブルは手下を総動員して、怪しい人家や、人の隠れていられそうな場所を探してくれ」

「よっしゃ!」


 このように、ソルティレージュたちが四方八方を走りまわっているあいだ、エメロードとアンフィニはどうしていたか——


 半刻ほど前のこと。

 二人はお城の贅沢な寝室で、ならんでよこたわっていた。母と娘というよりは姉妹のように見える。美少女たちは手をにぎりあって、おたがいを励ましあっていたが、いつしか眠っていた。


 だが、真夜中になって、急に嫌な心地になって、アンフィニは目をさました。アンフィニは雪の精なので温度の変化に敏感だ。室内に自分たち以外の人間の体温を感じた。


「誰なの? そこにいるのは」


 返事はなかった。が、寝台のとばりのすきまから見えるのは、たしかにカレーシュの優雅なおもてだ。


「カレーシュ。カレーシュなのね? わたしよ。思いだして。アンフィニよ。ソルティレージュといっしょに、子どものころ、よくいっしょに遊んだでしょ?」


 カレーシュは無表情なままだ。

 それどころか、冷淡な目で、絹の寝具のなかのアンフィニたちを見おろしている。


 エメロードも起きてきて、カレーシュを見あげる。エメロードのたぐいまれな美貌に魔術的な魅惑を持たせている深い緑玉の瞳が現れると、少しだけカレーシュは動揺した。でも、またすぐに平静に戻った。


「この娘たちは美しすぎる。顔を奪ってやるだけでは飽きたらない。死ぬより恐ろしい苦痛と屈辱を与え、残酷な死を贈ってやろう」


 カレーシュの手に肩をつかまれたと思うと、そこはもう城のなかではなかった。どこか薄暗い陰気な場所で、人骨や動物の死骸がころがっている。強烈な血の匂いもした。目の前には首を落とすのにちょうどいい大鎌もある。


 アンフィニたちはさらわれてしまったのだ。

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