第11話 仮面の恋 その四
牢から出されたソルティレージュは、宮殿のなかをいずこへかつれられていく。絹や錦や黄金に包まれた豪華な城内でも、とくに高貴な人の部屋らしき扉の前まで来る。
騎士は兵士たちをさがらせ、ソルティレージュだけをつれて入室した。
そのとき、騎士がそっと耳打ちしてきた。
「姫の耳は聞こえていらっしゃる。へたなことを言うなよ。姫はご自身の状況を理解しておられないのだ」
なんのことやらわからないが、いっしょに入っていく。
なかには
「姫君。高名な魔法使いをつれてまいりました。きっと姫を治してくれるでありましょう」
姫は身をよじって泣いているようだが、顔がないのでよくわからない。苦しげな声も喉の奥にからんでいる。
「誰がこんなことを?」
尋ねると、姫は騎士に手伝われてペンをとり、紙の上に絵を描いた。目も見えないから上手とは言えないが、ひたいに角のようなもののある男だということは判別できる。
「ひたいの角飾り。もしや、それは金色の髪に青い瞳の美青年ではありませんでしたか?」
カレーシュの特徴を言うと、姫は大きくうなずいた。
「では、角飾りは黄金だったでしょう?」
これにも、うなずく。
「その男はあなたの寝室に忍びこんできて、恋の手管を使ったんじゃないですか? 甘いことを言って近づいてきて、そのあと、あなたをそんなふうにしたのですね?」
すすり泣く声を喉にこもらせて、姫はうなずいた。
ソルティレージュは姫の肩を優しく抱いた。
「必ず、なんとかするから。心配しないで」
言い残して寝室を出る。
「聞いたとおりだ。おれは必ず、姫を助ける。姫だけではない。怪人に襲われた娘たち全員だ」
「なぜだ? なぜ、そこまでする?」
「なんでもいい。怪人はおれが倒す。そうしなければならない」
おそらく、悲しみのあまり、カレーシュの心は壊れてしまったのだ。そんな状態になった者を生かしておくことはできない。仲間の手で葬ってやるのが、一角獣としてのせめてもの情けだ。
「それには、やつを誘いださなければならないな。やつは評判の美女ばかりを狙っているようだが」
「うむ。姫もとてもお美しいおかただった」
疑いが晴れたので、騎士の態度は一変して協力的だ。
「しかし、どうやって誘いだすつもりだ? ソルティレージュ殿」
「急に殿づけか。まあ、それはいいんだが。美しい娘か。おれはとびきり見目麗しい娘を三人知っているが……」
正気を失ったカレーシュなら、インウイやアンフィニの顔も忘れてしまっているかもしれない。しかし、それはインウイたちにですら、カレーシュが危害をくわえるかもしれないということだ。
ソルティレージュは迷った。愛しい者たちを危険にさらしたくはない。
ともかく、カレーシュの悲しい現状を知らせてまわった。沼地の魔法使いやインウイ、アンフィニ、カレーシュの実の父であるエキパージュにも。
「そうか。おれの息子がそんなことに……金の角を持つ息子をひそかに自慢に思っていたが、そうなっては放置しておけないな。父親のおれが始末をつけてやらなければ」
ソルティレージュはゴブリン城にみんなを集めて作戦を練った。エキパージュもソルティレージュと同じ意見だが、インウイだけが反対した。
「まだ助けられるかもしれないよ。どうにかして、カレーシュの心をもとに戻す方法を探そうよ」
ソルティレージュは悲しみに耐えて微笑んだ。
「インウイ。おまえの気持ちはわかるよ。おれだって好きで殺そうと言っているんじゃない。だが、一角獣というのは……ことに、カレーシュのような金の角の一角は、自分の犯した罪の重さに気づいたとき、あまりに気高いその心が耐えきれないんだ。良心の呵責が自分の心臓を破裂させてしまう。たとえ正気に戻ったとしても、カレーシュは……」
「そんな。だって、もとはと言えば、ぼくが悪いのに。ぼくが浅はかだったからだ。カレーシュは悪くないのに」
インウイが泣くので、ソルティレージュは考えた。
「もし、それでも、狂ったままで仲間に殺されるより、自分の心をとりもどして死んでいくほうが、カレーシュのためだと思うのなら、あいつに愛する心をとりもどさせることだ。そうすれば、自分のしている残酷な行為に気がつくだろう」
「どうやったら、その心をとりもどせるの?」
「さあな。あいつが愛する心をどうしたかだ。すててしまったのか、どこかに封じたのか」
「わかった。ぼく、探してみる」
「だが、急ぐんだぞ。おまえが彼の心を見つけることができなくても、おれたちはカレーシュを追いつめたら、その場で始末するからな」
「わかった」
インウイは赤ん坊とシャマードをつれて出ていった。そのあとの一行で、さらに話しあいを続ける。
「カレーシュをおびきだそうと思う。やつは美しい娘だけを狙い、その顔を奪っている。危険を承知してくれるなら、エメロードを
これには、ポワーブルが反対した。
「ダメだ! なんで、おれの可愛い奥を、そんな危ないめにあわせなけりゃならないんだ。いくら、おまえさんの言うことでも、そんなこと許さないぞ」
「そ……そうだよな」
「第一、奥は処女じゃないぜ。一角獣は処女でなけりゃ、よりつかないんだろ?」
ところが、今回はそうでもないのだ。怪人は人妻も襲っている。カレーシュは美女に興味があるというより、美女の顔を集めるために、そんなことをしているかのようだ。どうも一角獣にしては変な行動である。
「そこがおかしいんだよな。なんのために、そんなことをしているのか。狂った頭で理屈にあわないことを考えてるいのかな」
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