第11話 仮面の恋 その四



 牢から出されたソルティレージュは、宮殿のなかをいずこへかつれられていく。絹や錦や黄金に包まれた豪華な城内でも、とくに高貴な人の部屋らしき扉の前まで来る。


 騎士は兵士たちをさがらせ、ソルティレージュだけをつれて入室した。

 そのとき、騎士がそっと耳打ちしてきた。


「姫の耳は聞こえていらっしゃる。へたなことを言うなよ。姫はご自身の状況を理解しておられないのだ」


 なんのことやらわからないが、いっしょに入っていく。

 なかには天蓋てんがい付きの寝台があった。そのなかによこたわる王女を見て、ソルティレージュはゾッとした。十九か二十歳だろうか? まだ若い娘の体はしなやかで美しいが、そのおもてには顔がない。目も鼻も口もなく、のっぺりした顔の表面を薄い皮が覆っていた。


「姫君。高名な魔法使いをつれてまいりました。きっと姫を治してくれるでありましょう」


 姫は身をよじって泣いているようだが、顔がないのでよくわからない。苦しげな声も喉の奥にからんでいる。


「誰がこんなことを?」


 尋ねると、姫は騎士に手伝われてペンをとり、紙の上に絵を描いた。目も見えないから上手とは言えないが、ひたいに角のようなもののある男だということは判別できる。


「ひたいの角飾り。もしや、それは金色の髪に青い瞳の美青年ではありませんでしたか?」


 カレーシュの特徴を言うと、姫は大きくうなずいた。


「では、角飾りは黄金だったでしょう?」


 これにも、うなずく。


「その男はあなたの寝室に忍びこんできて、恋の手管を使ったんじゃないですか? 甘いことを言って近づいてきて、そのあと、あなたをそんなふうにしたのですね?」


 すすり泣く声を喉にこもらせて、姫はうなずいた。

 ソルティレージュは姫の肩を優しく抱いた。


「必ず、なんとかするから。心配しないで」


 言い残して寝室を出る。


「聞いたとおりだ。おれは必ず、姫を助ける。姫だけではない。怪人に襲われた娘たち全員だ」

「なぜだ? なぜ、そこまでする?」

「なんでもいい。怪人はおれが倒す。そうしなければならない」


 おそらく、悲しみのあまり、カレーシュの心は壊れてしまったのだ。そんな状態になった者を生かしておくことはできない。仲間の手で葬ってやるのが、一角獣としてのせめてもの情けだ。


「それには、やつを誘いださなければならないな。やつは評判の美女ばかりを狙っているようだが」

「うむ。姫もとてもお美しいおかただった」


 疑いが晴れたので、騎士の態度は一変して協力的だ。


「しかし、どうやって誘いだすつもりだ? ソルティレージュ殿」

「急に殿づけか。まあ、それはいいんだが。美しい娘か。おれはとびきり見目麗しい娘を三人知っているが……」


 正気を失ったカレーシュなら、インウイやアンフィニの顔も忘れてしまっているかもしれない。しかし、それはインウイたちにですら、カレーシュが危害をくわえるかもしれないということだ。


 ソルティレージュは迷った。愛しい者たちを危険にさらしたくはない。


 ともかく、カレーシュの悲しい現状を知らせてまわった。沼地の魔法使いやインウイ、アンフィニ、カレーシュの実の父であるエキパージュにも。


「そうか。おれの息子がそんなことに……金の角を持つ息子をひそかに自慢に思っていたが、そうなっては放置しておけないな。父親のおれが始末をつけてやらなければ」


 ソルティレージュはゴブリン城にみんなを集めて作戦を練った。エキパージュもソルティレージュと同じ意見だが、インウイだけが反対した。


「まだ助けられるかもしれないよ。どうにかして、カレーシュの心をもとに戻す方法を探そうよ」


 ソルティレージュは悲しみに耐えて微笑んだ。


「インウイ。おまえの気持ちはわかるよ。おれだって好きで殺そうと言っているんじゃない。だが、一角獣というのは……ことに、カレーシュのような金の角の一角は、自分の犯した罪の重さに気づいたとき、あまりに気高いその心が耐えきれないんだ。良心の呵責が自分の心臓を破裂させてしまう。たとえ正気に戻ったとしても、カレーシュは……」


「そんな。だって、もとはと言えば、ぼくが悪いのに。ぼくが浅はかだったからだ。カレーシュは悪くないのに」


 インウイが泣くので、ソルティレージュは考えた。


「もし、それでも、狂ったままで仲間に殺されるより、自分の心をとりもどして死んでいくほうが、カレーシュのためだと思うのなら、あいつに愛する心をとりもどさせることだ。そうすれば、自分のしている残酷な行為に気がつくだろう」


「どうやったら、その心をとりもどせるの?」

「さあな。あいつが愛する心をどうしたかだ。すててしまったのか、どこかに封じたのか」

「わかった。ぼく、探してみる」

「だが、急ぐんだぞ。おまえが彼の心を見つけることができなくても、おれたちはカレーシュを追いつめたら、その場で始末するからな」

「わかった」


 インウイは赤ん坊とシャマードをつれて出ていった。そのあとの一行で、さらに話しあいを続ける。


「カレーシュをおびきだそうと思う。やつは美しい娘だけを狙い、その顔を奪っている。危険を承知してくれるなら、エメロードをおとりに——」


 これには、ポワーブルが反対した。


「ダメだ! なんで、おれの可愛い奥を、そんな危ないめにあわせなけりゃならないんだ。いくら、おまえさんの言うことでも、そんなこと許さないぞ」

「そ……そうだよな」

「第一、奥は処女じゃないぜ。一角獣は処女でなけりゃ、よりつかないんだろ?」


 ところが、今回はそうでもないのだ。怪人は人妻も襲っている。カレーシュは美女に興味があるというより、美女の顔を集めるために、そんなことをしているかのようだ。どうも一角獣にしては変な行動である。


「そこがおかしいんだよな。なんのために、そんなことをしているのか。狂った頭で理屈にあわないことを考えてるいのかな」

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