第11話 仮面の恋 その三



「カレーシュ。いったい、どこへ行ったんだろう。ぼくが傷つけたからだね。やけになって死んでないよね?」

「ああ……たぶん」


 ソルティレージュの顔つきは浮かない。

 カレーシュは精神の鋭敏な金の角の持ちぬしだから、おかしなことになっていなければいいと思ったのだ。


 なんにせよ、インウイは生まれたばかりの子どもを育てなければならなかった。今度こそ、自分のほんとの息子だ。インウイ自身が魔物にしては、まだ子どもみたいな年だが、シャマードの世話をしてきたので、子育てには慣れている。インウイとシャマードが赤ん坊と森に残り、ソルティレージュたちでカレーシュを探す旅を続けた。


 ソルティレージュとアンフィニは何年も旅をした。雪を追いながら、街から街へ。国から国へ。


「どうも、このへんから、カレーシュの匂いがするような気がする。あいつのほうが、おれをさけてるのかもしれない。まだ失恋から立ち直れてないのかな」


「それは、しかたないわよ。あの子はインウイが生まれたときから好きだったんですもの。わたしにはカレーシュの気持ち、よくわかるわ。わたしもあなたのために造られて、あなただけを愛してきた。もし、あなたがほかの女を好きになって去ってしまったら、わたし、生きていられないわ」


「バカだねぇ。おれが誰をすてるんだって? 君は今、すごく愚かなことを言ったよ。そんなこと、ありえないのに」


 こういう何十年経ってもアツアツなところが、カレーシュにはいたたまれないのかもしれない。ソルティレージュは気づいていないが。


 旅をするあいだには、いろいろなことがある。

 そのころ、いくつもの国で、イヤな事件が起こっていた。どの国へ行っても、そのウワサを聞く。夜な夜な美しい娘のもとに怪人が現れ、娘たちを病気にしていくというのだ。


 ソルティレージュはいつまでも少女の姿のアンフィニが狙われないかと、心が休まらない。


「病気って、どんななのかしらね」

「それが、変なんだ。男に襲われた娘は、家族が隠して、人目につかないようにするらしい。どうも、ふつうの病気と思えないね」


 用心しながら旅を続けた。

 ある国でお城の前を通りかかったときだ。とつぜん、ソルティレージュは数十人の兵士に囲まれてしまった。兵士たちは剣や槍を持って、形相もすさまじい。


「こいつだ! この男に違いない!」

「捕まえろ!」


 わあッと切りかかってくるので、ソルティレージュは驚いた。


「こらこら、なんのつもりだ。おれが何をしたっていうんだ?」

「白々しい。きさまが昨日、わが城に侵入した怪人だろう? そのめずらしいひたい飾りが証拠。観念してお縄につけ!」


 むろんのこと、悪魔で魔法使いのソルティレージュは、兵士たちをやりすごすことなど、わけもなかった。しかし、兵士の言葉を聞いて戦意喪失する。


「なんだって? おれと同じひたい飾りをしていたって? それはどんな男だった?」

「だから、おまえだ! 者ども、かかれェー!」


 まごまごしているうちに、兵士たちの手に捕らわれてしまう。


「ソルティレージュ!」

「アンフィニ、君は逃げろッ。おれのことは心配するな!」


 アンフィニとも離ればなれになり、ソルティレージュは城の地下牢へほうりこまれた。


 じめじめした薄暗い牢。

 しかし、ソルティレージュは自分が捕まったことより、一角獣らしき男が何やら、とんでもないことをしでかしたことのほうがショックだった。

 一角獣が人間の娘によくやるような恋のかけひきでは、ここまで手荒に追いたてられないだろう。もっと深刻な罪を犯したのだ。


 まさか、近ごろちまたを騒がせている、例の怪人だろうか?


 いや、何より恐ろしいのは、そのひたい飾りの男が、カレーシュではないかと考えることだ。


(カレーシュ。ヤケクソになったからって、早まるなよ?)


 しばらく、さびついた鉄とカビと血の匂いのこびりついた牢屋に放置された。やがて、何人もの刑吏けいりをひきつれて、勇ましい騎士がやってきた。


「この男か。なるほど。妙な角飾りをしている。きさま、名はなんという?」

「ソルティレージュだ。知らないのか? これでも有名な魔法使いなんだぞ」


 あいにく、そこはあまり訪れたことのない国だった。ソルティレージュの名前も知られていなかった。


「魔法使いか。では、やはり、きさまの仕業だな?」

「ちょっと待て。なんのことだ?」

「しらばっくれるな。キャナンガ姫の顔を返せ!」

「姫の顔? なんのことだか、さっぱりわからん。姫の顔がどうなったんだ?」


 刑吏がピシリとむちで床を打つ。


「ぶってやりましょうか?」

「うむ。それがいい」


 ソルティレージュは叫んだ。


「待てと言ってるだろう! 誓って言うが、おれは人を傷つけない。いくつかの国では代々の王族の信頼も得ているんだぞ。なんなら、ロカイユ王の一人娘と結婚した騎士王に文を出してくれ。おれの人柄を保証してくれる。それとも、ここからならルトローン王のほうが近いか。納得したら、おれにわかるように事情を説明してくれ」


 軍事に長けた騎士王や、道理に明るいルトローン王の名声は、遠くの国まで知れ渡っていた。ソルティレージュを見る騎士の目も、いくらか変わってくる。


「いいだろう。すぐに使者を送ろう。それまで、そこで待っていろ」

「そんなのは時間のムダだ。何があったのか知らないが、おれにわけを話してくれ。力になれるかもしれない」


 あまりに真剣にソルティレージュが訴えるので、騎士も信用したらしかった。


「よかろう。ついてくるがいい。ただし逃げようとしたり、おかしな魔法を使おうとしたら、即刻、首を切り落とすからな」

「ふん。今に見ていろ。おまえも、おれを敬うようになるんだからな」


 まわりを兵隊に囲まれながら、とりあえず牢から出された。

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