第11話 仮面の恋 その二
ちょうど、そんなふうに二人で話していたときだ。寝かしつけていたはずのシャマードが、いつのまにか起きてきて、二人を見ると
まだ体は三つか四つの幼児だが、彼の魂はちゃんと大人の男だったのだ。シャマードはほかの男と抱きあっている恋人を見ると、小さなこぶしをにぎりしめて、二人に打ちかかっていった。
「インウイ! おまえは、おれの母親じゃないぞ! 恋人なんだ!」
「ごめんよ。ごめん。悪かったよ。許して」
というインウイを小さいながら力任せにぶって、たくさん青あざを作ったあと、シャマードは怒りに燃えた目でにらんだ。
「もういい。おれは出ていく。おまえに育ててもらおうなんて思わない!」
とたんに、インウイの迷いは覚めた。
走りだそうとするシャマードの幼い体を抱きしめて、泣きながら哀願した。
「行かないで! やっと、わかったよ。ぼくの愛してるのは、やっぱり、あなただけだ。お願い。ぼくをすてないで」
「もう二度と浮気しないと誓うかッ?」
「誓うよ。どんは罰でも受けるから、お願い。どこへも行かないで」
泣いてシャマードにすがりつくインウイを見れば、カレーシュに出る幕はなかった。カレーシュは二人のもとを、そっと離れた。
(ああ……やっぱり、あの二人の絆を断ち切ることはできない。あいつはインウイの心を根こそぎ燃えあがらせる。あれが恋なら、インウイが僕にむけたものは、恋ではなかったんだ)
失恋の痛手をかかえて、カレーシュは放浪した。
もう二度と、インウイの前に現れないつもりだった。一度はこの手に抱いた人を前にして、そのさきずっと耐えていくことは、いかに金の角を持つ彼にも厳しすぎた。愛しあうインウイとシャマードの姿を見せつけられるのは、死よりも苦しい。
(この思いをすててしまうことができたらいいのに。愛する気持ちなどなくなってしまえばいい)
そう念じながら、カレーシュはさまよった。
その後、長らく、インウイたちはカレーシュの行方を知らなかった。
あるとき、ソルティレージュが言った。
「このごろ、カレーシュは来ないな。いったい、どうしたんだ?」
インウイは涙を流した。
「ぼくが傷つけてしまったんだ。ぼくはシャマードにも、カレーシュにも、残酷なことをした。カレーシュがずっと前から、ぼくのことを愛していたなんて知らなかったんだ。カレーシュはぼくを許してくれないかもしれない」
事情を聞いて、ソルティレージュはあぜんとした。とは言え、インウイを責めることもできない。エメロードの体質をよく知っていたから、もしかしたら、こんなことになるかもしれないという予感はなきにしもあらずだった。
「たしかに、カレーシュは傷ついただろうな。だが、こればっかりはしょうがないさ。おまえがシャマードに恋してしまったのは、誰のせいでもないんだから。もとどおり家族のような関係をカレーシュが許してくれるかどうかはわからないが、おまえはこのことで、カレーシュに借りができた。いつか必ず、借りを返すんだ。もし、あいつが、おまえの助けを求めてきたら」
「うん。そうするよ」
インウイはカレーシュの訪れを待ったものの、そのころ、彼は遠い異国を流浪していた。
そのあいだにも、シャマードは成長していた。外見は七、八歳だが、口調だけは一人前の男だ。シャマードは大急ぎで大人になろうとしていた。
「おれも悪かった。おまえがそういう体だってこと、考慮してやれなかった。以前のことは許す。これからは浮気するなよ」
「うん。約束する」
「魔物は自分の意思で体を変化させることができる。できるだけ早く大人になるから」
「うん。待ってる」
シャマードと仲なおりしたインウイは心の平穏をとりもどした。しかし、数ヶ月もすると、インウイは自分の体の変化に気づいた。
「……どうしよう。シャマード。おまえは怒るだろうか? ぼく、子どもができたみたいだ。カレーシュの子だよ」
シャマードは意外と落ちついている。
「おまえは、どうしたいんだ?」
「ぼくは……できれば生みたい。一角の仲間は数が少ないんだ。この子はカレーシュとぼくのあいだにできた、純血種の一角獣だ」
「じゃあ、生めばいい。一度は死んだおれを、生き返らせてくれたのはカレーシュだ。あいつのために、そのくらいのことを許さないのは、男として度量が狭すぎるだろう」
「ありがとう。シャマード」
こうして、インウイは次の年、一角獣の子どもを生んだ。純血種のこの子は生まれたときから、一角獣本来の姿をしていた。全体は銀色の毛並みだが、たてがみと尻尾は黄金色。ひたいの角は金。ひづめまで金色で、インウイがエメロードから受け継いだ魅惑の碧玉の瞳を、この子も生まれ持っていた。
子どもの誕生は、インウイばかりでなく、ソルティレージュやアンフィニたちも喜んだ。
「これはまた怖いくらい綺麗な子どもだな。おれもついに、じいさんか」
「インウイが生まれたときのことを思いだすわね。あのときみたいにお祝いしなくちゃ」
「幸い、この子は男の子だ。前のときみたいな騒ぎにはならないだろう」
「お祝いには、カレーシュも呼ばなくちゃね」
アンフィニが言いだしたので、インウイは目を伏せた。
「うん。ぼく、カレーシュに謝りたいよ」
「沼地の城に招待状を送りましょうね」
そう言って、カレーシュが来るのを心待ちにしていたのに、沼地の城からは、カレーシュの義理の父アンプレブーがやってきた。それで初めて、カレーシュが行方不明なのだと一家は知った。
インウイはもちろん、ソルティレージュたちも懸命に探したが、カレーシュを見つけることはできなかった。
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