第十一話 仮面の恋

第11話 仮面の恋 その一



「じゃあ、おれとアンフィニは旅に出るけど、ほんとに一人で平気かい? 赤ん坊の世話は大変だぞ」


 インウイの恋人が急遽きゅうきょ、赤ん坊になってしまった。だから、ソルティレージュたちの森の魔法屋の近くに新しく家を建て、赤ん坊と暮らすようになった。


 魔法屋の近くなら、ソルティレージュたちも子育てに手を貸せるし、会いたいときに、いつでも会うことができたからだ。


 けれど、魔法屋の森に春が来たので、ソルティレージュとアンフィニは旅に出ることになった。赤ん坊のためには気候のおだやかな魔法屋の森のほうがいいので、インウイだけが残るのだ。


「やっぱり今年は旅はよそうか? 心配でならないよ」


 ソルティレージュが言うと、インウイは笑う。


「大丈夫だよ。父さん。シャマードもミルクじゃなくなったし、困ったことがあったら、おばあちゃんたちのところに行けばいいし」


 おばあちゃんと言っても、エメロードのことだ。あいかわらず、とびっきりの美少女である。正直、アンフィニやインウイでさえ、本家本元のエメロードの美貌には一歩およばない。


 エメロードのいるゴブリンの城は、同じ森のなかにあるので、訪ねていくのは容易だ。


「それに、カレーシュも来てくれるって言ってたよ。心配しないで行ってきてよ」

「そうか? じゃあ行くが、何かあったら、すぐにポワーブルたちを頼るんだぞ。魔法の合図を送ってくれたら、おれたちだって駆けつけるからな」

「うん。行ってらっしゃい」


 ソルティレージュとアンフィニは旅立っていった。

 インウイは赤ん坊のシャマードと二人、魔法屋の森で平穏な毎日を送った。一つだけ困ったことがあるにはあったが。


 インウイは誰にも言わなかったけれど、シャマードに女にされた体が相手を欲してやまないということだ。男好きなところも、エメロードに似てしまっていた。


「シャマード。おまえのせいだからね。早く大きくなってよ」


 シャマードは利発そうな青い目をキラキラさせて、あぶぶぅ、とかなんとか、はしゃぐばかり。理解しているのかどうかもわからない。


「もう、やんなっちゃうな。こんなに可愛いなんて卑怯だぞ。怒れないじゃないか」


 背中の羽をパタパタさせているシャマードのほっぺに、インウイはキスした。


 そんなふうに毎日がすぎていった。

 しかし、しばしばカレーシュが訪れるうちに、おかしなことになってしまった。インウイにとって、カレーシュは頼れる兄だ。そんなことをお願いできるのは、カレーシュしかいなかった。


「ねえ、カレーシュ。頼みがあるんだよ」

「何?」

「うん。ぼくを抱いてくれない? シャマードが大人になるまででいいんだ。君には迷惑かもしれないけど、ぼく……我慢できない」


 カレーシュに嫌と言えただろうか?

 インウイが生まれたときから、ずっと思い続けていたのは、カレーシュのほうだ。その思いが満たされることはないと、一度は諦めたものが、とつぜん、目の前にさしだされたのだから。


 険しい顔をするカレーシュに、インウイはあせった。


「ごめん。やっぱり変なお願いだった? 君は以前から、ふつうの一角にくらべて嗅覚が弱かっただろう? ぼくの匂いも気にならないと思ったんだけど。ダメならいいんだ。なんとかするよ」

「なんとかって? どうするつもり?」

「ええと……ゴブリン城とか、人間の街とか行ってみる」


 こう言われれば、カレーシュに断りようはなかった。


「わかった。そのかわり、僕以外の男に身代わりなんて頼むんじゃない」

「もちろんだよ。そんなことしたら、シャマードが悲しむ」


 じゃあ、僕とのことはどうなんだと言いたくても、カレーシュには言えない。惚れた弱みで、愛情のともなわない愛人となった。それは金の角を持つ誇り高いカレーシュにとって、心を引き裂かれるほど屈辱的なことだ。インウイは抱きあうたびに、いつも決まって好きな男の名を呼ぶのだ。


 愛を交わしながら、別の男の名前を呼び続けるインウイに、カレーシュは傷ついた。


「このこと、父さんたちにはナイショにしといてね」


 そういうあたり、インウイにも罪悪感はあるのだろう。


 しかし、それでも、インウイを思うカレーシュの気持ちは変わらなかった。

 以前、未熟にも自分にかけてしまった永遠の愛の呪文に縛られて、どんなあつかいを受けても、インウイを嫌いになることができない。


 むしろ、しだいに心持ちが変わっていったのは、インウイのほうだ。

 ソルティレージュたちの目を盗んで、何年もカレーシュとの関係が続くうちに、シャマードもだんだん成長してはいたが、愛しい男というより、愛する幼子のような気持ちになっていた。いつも肌をかさねているカレーシュのほうが、男として意識されてきた。


 その日も家のなかにシャマードを眠らせておいて、やわらかい木洩れ陽のそそぐ草むらで、インウイはカレーシュと抱きあった。夢中になるうちに、いつしか呼んでいるのは、シャマードの名ではなくなっていた。


 もちろん、インウイのその変化は、カレーシュ自身も感じていた。だから、告白するのは自然な流れだった。


「インウイ。好きだよ。ずっと君に恋していた」

「ぼくも……君のこと、好きみたい。あんまり、あたりまえにそばにあったから、以前は気づかなかったけど。これも恋なのかな?」


 愛しあったあとには、身をよせあって、そんなふうに話した。


「でも、君には、シャマードがいるだろう?」

「シャマードのことは今でも大切だけど、よくわからない。このごろは、あの子のことが自分のほんとの子どものような気がする」

「じゃあ、もし、シャマードが大きくなったとき、君と愛しあっていたことを思いださなければ、僕と結婚しよう」

「うん」


 穏やかで、安らかな愛。

 身を焼きつくすような激しさはないけれど、たしかに二人は幸福だった。

 カレーシュの恋にとって、もっとも満ちたりた瞬間。

 しかし、長続きはしなかった。

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