第10話 永久に想う その七



「おまえが来る前に、やられていた……」


 シャマードはよろいのお腹のつぎめを手で押さえている。その手のあいだから、血が滝のように流れていた。


「ありがとう……インウイ。おまえのおかげで、おれの人生は幸福だった。愛して……いるよ。おれの、一角……」


 インウイの腕のなかで、シャマードはこときれた。騎士として、これ以上ない立派な死にざまだった。


「シャマード……シャマード……」


 インウイは愛する人を抱きしめて、ソルティレージュに懇願こんがんした。


「お願いだよ! シャマードを生きかえらせて。父さんにならできるでしょう? 父さんは、みんなを幸せにする魔法使いだよね?」


 ソルティレージュの双眸に、悲しみの色が宿る。


「死んだ者を生きかえらせることはできないんだよ。いくら、おれが悪魔でも」


 インウイは声をはりあげて泣いた。


 ところが、そのときだ。

 とつぜん、カレーシュがインウイを押しのけ、狂ったようにシャマードの遺体に突進した。ひたいの金の角で、シャマードの傷口を刺した。

 その瞬間だった。

 シャマードの体が金色に輝きだす。


「何をする気だ? カレーシュ。おまえの角で刺されたものが黄金に変わることは知っているが……」


 ソルティレージュの言葉にも、カレーシュは答えない。


 金色の光はまぶしくなる一方で、誰も目をあけていられない。

 そのくらむような光のなかで、シャマードの体は小さくなっていく。しまいに黄金でできたガチョウの卵になった。卵が割れて出てきたのは、金色の翼を持つ、黒髪の人間の赤ん坊だ。おもざしは、まぎれもなくシャマードである。


「これが僕にできる精一杯だ。僕のなかにあるガチョウの力を全部、使いきった。金の卵を生むガチョウの力を」


 カレーシュは一角獣と金のガチョウの二つの命を持った、悪魔のなかでも珍しい魔物だ。そのガチョウの命をシャマードにわけあたえることで、騎士の生まれ変わりを作ったのだ。


「成長するのに少し時間はかかるけどね。これで我慢して」

「ありがとう。カレーシュ!」


 インウイにキスされるカレーシュの目は、ほんのり、さみしげだった。


 それから彼らは、そろって魔法屋のある森へ帰った。


「この子が大きくなったら、ぼくのこと、覚えてるかな?」

「それは大丈夫だろう。姿は少し変わったが、魂は同じだ。魔法のガチョウだから、鳥の精だな」

「なんでもいいよ。シャマードなら。早く大きくなぁーれ!」


 インウイは大喜びだが、ソルティレージュはカレーシュの思いを知っているだけに複雑だった。二人きりになったとき、カレーシュに聞いてみた。


「おまえもバカだね。なんでおまえの命を半分与えてまで、あんな魔法を使ったんだ? あのままライバルを死なせておけば、おまえにだってチャンスはあったのに。インウイの心は女になったから、傷心をなぐさめていれば、いつかはきっと」


 カレーシュは断言した。


「インウイを泣かせるくらいなら、いいんだよ。このほうが」


 ソルティレージュは嘆息して、カレーシュがまだ子どもだったころ、よくそうしたように、彼の金色の角を優しくなでた。


「やっぱり、おまえは金の一角だな。気高く潔い」

「自分ではそんなふうに思わないけどね」


「それにしても、おまえはまだインウイを好きなんだな。ガチョウの魔力をシャマードに与えたから、おまえは純粋な一角獣になった。処女でなくなったインウイには、そんな気持ちはなくなるはずなのに。もちろん、おれは娘だから愛しいぞ」


 すると、カレーシュはさみしげに笑った。


「ガチョウの力がなくなってから、嗅覚はするどくなった。だけど、あのころ半人前だったからなんだね。赤ん坊のインウイにかけた魔法。どうやら自分にかかってしまっていたみたいだ。だから、ぼくは、これからもずっと……」


 永遠に変わらぬ愛の魔法——


 ソルティレージュに肩を抱かれ、カレーシュは泣いた。




 了

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