第10話 永久に想う その五



 さて、ソルティレージュたちだ。

 インウイの足どりを追いながら、ふもとの街まで来たものの、そこでインウイの足跡を失って、途方に暮れていた。

 以前にも、この街では月光のような髪の美少年を見たという人間を見つけることができたが、そのさきで急に消息がとだえてしまうのだ。


「やっぱり、人目を気にせず走っていけるよう、山中に入ったんだろうな。この山を越えた街では、インウイを見たという人間が一人もいない。山のなかで、インウイの身に何か起こったに違いない」


 そんな話をしていたときだ。

 とうのインウイが姿を現したものだから、三人はひじょうに驚いた。


「インウイ! 生きていたのか!」

「ごめんね。父さん。母さん。カレーシュも。心配かけて。ぼく、結婚したんだ」


 開口一番に言われて、ふたたび度肝をぬかれる。


「なんだってッ?——いや、まあ、たしかに匂いが……それに姿も……」

「このごろ髪を伸ばしてるんだ。髪の長いほうが好きだって、あいつが言うから」


 髪だけではない。体全体が、なんとなく女性的になって、少年と言うよりは、もう少女と言ったほうがいい。エメロードの髪を銀色にして、白銀の角飾りをつけさせたら、そっくりになるだろう。


 三人のなかの誰よりも、カレーシュがその知らせに衝撃を受けていた。

 子どものときから愛し続けてきた少女が、ほんの少し目を離したすきに、ほかの男のものになっていたのだから。

 それも、インウイが自分を男だと思っていたから、遠慮していた結果なのだ。


「インウイ……結婚したんだ。相手は男だね?」

「うん。ぼく、今、すごく幸せ。それで、これからも彼と暮らすからって言いたくて来たんだ。いいよね? 父さん」


 カレーシュの気持ちになんて気づきもせずに、インウイは有頂天だ。シャマードが愛していると言ってくれたし、家族とも会えた。これからもずっと幸福な生活が待っているはずなのだ。


 しかし、ソルティレージュは渋い顔つきだ。


「相手はおまえが一角獣だってことは……」

「知らないよ。でも、たぶん、シャマードなら、ほんとのことを知っても、ぼくを嫌いにならないよ。そうだ。帰ったら、ほんとのことを言ってみよう」


 二人の真摯しんしな愛を理解してもらおうと、雄弁にインウイは語っていた。が、とつぜん、ソルティレージュの表情が険しくなる。


「な、何? 父さん」

「今、シャマードと言ったか?」

「うん……そうだけど」


「大変だ。急がないと、やつらにさきを越されるぞ。あいつら、何日も前に山に入っていったからな」

「あいつらって?」

「インウイ。おまえの好きな男は、戦神の異名をとる騎士だ。王宮から彼を迎えに使いが行った」


 インウイは父の言葉を聞いて、何かから逃げているようなシャマードの態度を思いだした。


「そんな……それじゃ、使いに見つかったら、どうなるの?」

「その男がどうするかだな。追っ手をふりきって、さらに逃げるか。それとも、運命とあきらめて戦に出ていくか」

「戦だって? 冗談じゃない」


 インウイは大急ぎで山腹の洞穴に戻った。ソルティレージュたちもあとを追った。だが、一行がたどりついたときには、すでに、そこにシャマードの姿はなかった。


 インウイを見送ったシャマードは、洞穴に帰り、そこで迎えの一隊と出会ったのだ。


「なにとぞ、お願いいたします。これが最後の戦いです。この戦いに敗れれば、わが国は隣国の支配となってしまいます。多くの民が戦火に苦しみ、侵略してくる兵士に殺されるでしょう。あなたの力だけが頼りなのです。どうか、もう一度だけ、我々に力をお貸しください!」


 地面に頭をこすりつけられて、シャマードは観念した。


(これまで私は、あまりにも多くの人間を殺してきた。今さら自分だけ逃げて、民衆を見殺しにするわけにはいくまい。ずっと、インウイといたかったが……)


 戦場にインウイをつれていくわけにはいかなかった。聞けば聞くほど、戦況は我が軍に悪く、今度の戦いで多大な犠牲者を出すことがわかりきっていた。


(すまない。インウイ)


 こうして、シャマードはインウイに一言の別れさえ告げず、迎えとともに発っていった。

 王宮に帰り、ウンザリするほど凡愚で身勝手な王に、涙を流して歓迎された。以前は告げ口を信じて、あんなにシャマードをうとんじたくせに。

 そのまま、シャマードは一軍とともに戦地へ向かった。


「たったこれだけか? 我が軍は」

「もう戦える者は、これだけです。徴兵した農民たちは、とうに逃げだしました。兵士のなかにも敵方に寝返る者が続出しています」


 敵の五千の兵に対して、自軍はたった百。

 戦場に来るあいだに聞いたより、さらに状況は悪化していた。これでは、いかにシャマードが一騎当千とは言え、数が違いすぎる。奇襲のきくような土地でもないし、彼一人の力で変えられるような戦況ではなかった。


(しかたあるまい。これも定めだ)


 シャマードは死を覚悟して戦場に立った。

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