第10話 永久に想う その四



 ソルティレージュたちは世界中を旅して、インウイを探した。

 遊びに夢中になりすぎて、匂いも届かないほど遠くまで行ってしまったんじゃないか。それとも人間に捕まって遠くの国へ売られてしまったんじゃないか。

 そう考え、ふだんは行かないような国にまで足を伸ばしたが、インウイは見つからない。


 捜索にはカレーシュも加わった。


「あのとき、僕がついていれば、こんなことにはならなかったのに」


 カレーシュは自分と別れたあとにインウイが姿を消してしまったことで、自分を責め続けていた。


「おまえのせいじゃない。もう一度、インウイの足どりを追ってみよう。以前、匂いがとぎれたあたりが怪しい」


 というわけで、カレーシュがインウイと別れた街から、インウイの足跡を追っていった。その途中、何度も武装した兵隊を見かけた。戦争の匂いが国のなかに色濃く漂っていた。


「いやな国だな。戦争の匂いは嫌いだ。大勢の人間の流した血の匂いがしみついている」


 ソルティレージュの言葉に、カレーシュもうなずく。


「僕にも、これくらい強い匂いだとわかる。以前に来たときには、こんなことはなかったのに。この国はもう五十年も、となりの国と戦争しているんだそうだよ。勝ったり負けたりして、なかなか終わらないけど。どうも、この国のほうが劣勢みたいだ。戦場がだんだん街に近づいてきている。次の戦いで負けたら、もうこの国はダメだろうね」


 沼地の魔法使いから学問も仕込まれているので、カレーシュは世情にも詳しい。


「そうなのか。このあたりは、あまり、おれたちは来ないから知らなかったが。インウイが戦争にまきこまれてなけりゃいいんだがな」


 インウイの通った道筋をたどっていたときだ。

 ある夜、大きな街の宿で、同じ方向をめざしていく一隊の兵士たちに出会った。戦争に向かうようではないので、不審に思いたずねると、彼らは有名な魔法使いの名を聞いて、そっと内密で教えてくれた。


「ここだけの話ですよ。戦況を左右するので、誰にも話さないでください」

「わかってる。おれたちはどの国の戦にも手を出さない。人殺しの手助けなんてしたくないからな」


 あくまで、ソルティレージュは人を幸福にする魔法使いというポリシーを持っているのだ。


「じつはですね。このあたりで、シャマード様を見たという者がいるのですよ。このさきの山脈のなからしいので、これから迎えにいくところです」


「シャマード?」

「ご存じないですか? わが国では戦神とまでうたわれた騎士です。数年前に姿を消してしまわれまして、以来、わが国は負け戦ばかりです。なんとしても、あのかたに帰ってきていただかなくては……」


「ふうん。強い男なのだな」

「それはもう、一騎当千とはあのかたのこと。ただ、王宮の権勢争いや何かがイヤになってしまわれたのでしょうね。こんな戦は民のためにならんと、つねづね、おっしゃっていましたし。あのかたが戦のたびに、あまりに突出した勲功くんこうをおあげになるので、妬む者も宮中にはありました。言われのない陰口を王に密告され、なかば放逐、なかば逐電ちくでんという形でいなくなられて……」


「なるほど。悪いが、おまえの国の王は名君とは言えないな。そんな高邁こうまいな騎士が追いだされてしまう宮廷なんて、ボロカスだ」


 ソルティレージュたちが山すその街で、そんな話をしていたころ。山中ではインウイが懐かしい家族の匂いをかぎあてていた。


「父さんと母さんだ。カレーシュもいる。すぐそこまで来てるよ。ふもとの街まで。ねえ、会いに行ってもいい?」


 青空が冷たく澄みきった山頂から、下界を指してインウイが言うと、さっきまで笑っていたシャマードが凛々しい眉をひそめる。近ごろでは二人で狩りに出かけることも多い。今日もしとめた鹿を昼食にしているところだ。


「ねえ、まだ、ぼくが信じられない? ちゃんと帰ってくるよ。ぼくの家族は自然のなかが好きだから、ここで暮らしたいって言っても許してくれるよ。シャマードのことだって、きっと気に入る」


「ほんとに、そう思うか?」

「うん。ぼく、約束する。そんなに心配なら、いっしょに行って、ぼくの家族に会ってよ。きっと歓迎されるから」


「それはどうかな。おれはおまえの家族から見たら、娘を捕まえて、むりやり自分の女にしている人さらいだ」

「むりやりは父さんの得意技だから、たいして怒んないんじゃないかな」


「……おまえの父は、どんな男だ。言っておくが、おれはおまえ以外の女にこんなことをしたことはない。おまえは……あんまり綺麗だったんだ。ひとめで欲しくなった。そばにいてほしかった。何年も人里離れて、孤独だった。だが、それは、おれのわがままだ。インウイ、おまえ、家族のもとへ帰りたいか?」


 インウイは頰をふくらませる。


「家族には会いたいけど、帰るんじゃない。ぼくはおまえといたいんだ。そう言ってるだろう? まだ、わかんないのか?」


 シャマードの首にしがみつくと、シャマードも力をこめてインウイを抱きしめる。


「愛してる。インウイ」

「ぼくもだ。おまえが好き」


 二人は長らく抱きあっていた。

 やがて、シャマードが言った。


「行ってくるといい。インウイ。だが、おれは行かない」

「どうして? 父さんはね。ぼくが愛する人と結ばれることを願ってたんだ。シャマードをつれていったら喜ぶのに」

「だが、おれは街に行くわけにはいかない。行っておいで。岩屋で待ってるから」

「そう? じゃあ、行ってくる。すぐ戻ってくるから」


 人間の足では何日もかかる連山も、一角獣なら、ほんの一刻だ。インウイは木陰で一角獣の姿になると、山すそまで駆けていった。


 まさか、この一時のせいで、愛する人を失うことになるとは思いもしないで……。

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