第10話 永久に想う その二
楽しいパーティーが連日連夜、春の森をいろどった。
宴が終わると、一角獣たちは魔界へ帰っていったが、それからというもの、しばしば、カレーシュが遊びに来るようになった。ソルティレージュたちが遠くの国に旅に出ても追ってくるほど、カレーシュはインウイに首ったけなのだ。まわりから見ると、あからさまにわかる、幼くて純粋な恋だ。
ソルティレージュもカレーシュが一角獣でなければ、娘を嫁にやってもいいと思うのだが。
インウイはみんなに大事にされて、すくすくと育った。もともと獣型の悪魔は成長が早いのだが、この子は生来が人だったエメロードが生んだせいか、人間の子どものように急速に成長した。
その過程で、小さいころからずっといっしょにいたので、インウイはごく自然にカレーシュを好いていた。インウイにとっては兄のようなものだ。
二人はとても仲がよかった。
ただ、その気持ちには、カレーシュとのあいだに多少のズレがあったかもしれない。
インウイは外見の美しさをエメロードから授かったものの、どちらかと言えば、性格はソルティレージュに似たらしい。幼いころから元気に駆けまわり、男の子のようだった。
十六、七歳ほどに体が成長しても、その性質は変わらず、少女のように華奢な少年のようにも、少年のようにスレンダーな少女のようにも見える。
妖艶な美貌をしていながら、すでにソルティレージュ譲りの悪癖が顔を出していて、美少女に目がなかった。カレーシュと二人で女の子をあさりに、よく街へ出ていった。
そのようすを見て、
「カレーシュにはかわいそうだが、あいつに見込みはないな。まあ、もともと、おれは一角獣にインウイをやるつもりはないが」
「あら、じゃあ、インウイが一角獣を好きになったら、どうするの? だって、あの子が好きな人と結ばれることが、あなたの願いなんでしょ?」
ソルティレージュとアンフィニは、そんな話をした。しかし、こればっかりは親と言っても第三者なので、彼らの恋の行方を見守っているしかなかった。
インウイが十七歳の少年のように成長したころ、カレーシュは二十歳の青年の外見になっていた。金色の髪と金の角、一角獣の姿になったときには黄金の翼を持つ美青年だ。全身が銀色のインウイとは、まるで生まれたときからの一対のように、つりあいがよかった。
カレーシュの気持ちは、インウイを初めて見たときから、ずっと変わっていなかったが、インウイが男の気質のほうが強いと悟ったとき、甘い期待はしないようになっていた。
インウイが一生、男として生きるのなら、それでもいいと考えて。
それなら、少なくとも、インウイの体から優しい処女の香りが消えてなくなることはない。一生、インウイに恋していられるのだ。
だから、カレーシュは、インウイが可愛い人間の女の子と刹那の恋に身を焼くのも、たいして嫉妬しなかった。
インウイが女の子を探しに行くときには、いつもついていって、どっちがよけいに可愛い子を見つけられるか競争した。だが、この競争では、カレーシュはつねにインウイに負けていた。自分ではすごくいい子をつれてきたつもりでも、インウイに言わせると、カレーシュは女の子の趣味が悪いらしいのだ。
「カレーシュって、もしかして鼻が悪いんじゃないの? 今日の子なんて、となり街からでも乙女じゃないってわかるのに」
それには、カレーシュ自身も気づいていた。どうも自分は生まれが特殊なので、仲間の一角獣ほど嗅覚がよくないらしい。インウイやアンフィニほど清純な芳香がしていればわかるのだが、人間の娘では、かぎわけられないことがある。
ほかの一角獣にとって、気も狂わんばかりに強い磁力を放つらしい乙女の肌の匂いも、カレーシュには、ちょっと快い匂いのする香水ていどにしか感じられないのだ。
「まあ、いいんだよ。困ることもないし」
「そう? じゃあ、ぼくはこの子と楽しむけど、君はどうする?」
「そろそろ一度、沼地の城に帰ろうかな。魔法の練習がおろそかになってるしね」
「うん。じゃあ、また」
「ああ。近くに来たら、よってくれよ」
カレーシュと別れたあと、インウイは一人で旅を続けた。幼いころから両親につれられて、街から街へ、山を越え、海を渡り、いくつもの国を旅していたので、インウイにとって旅こそは日常だった。
着飾った商人の娘や、素朴な野草のような農家の娘とたわむれながら、両親のもとへ追いつこうとしていた。
ある深い山のなかで、一角獣の姿に戻っているところを、うっかり人間に見られてしまった。いつもなら逃げだせるのだが、その人間は弓の名手だった。足を射られて動けなくなってしまい、男か駆けよってくるまでに、インウイは人間の姿に化けておくのが精一杯だった。
「人間か? おかしいな。たしかに角のある馬のように見えたのに」
男は弓矢ばかりか、長い剣まで腰に帯びていた。なんだか物騒な相手だ。一角獣のインウイには、男がこれまで殺してきた大勢の血の匂いを感じとることができた。男は人殺しなのだ。もしかしたら、山賊かもしれない。
「ふうん。ずいぶん綺麗な男だな。それとも女か?」
男が襲いかかってくるなら魔法を使おうと、インウイは身がまえた。男はそばによってくると、矢につらぬかれたインウイの足を見た。
「治るまでに、だいぶかかるぞ。来いよ」
ひょいっとインウイを軽々、抱きあげ、男は自分の家につれていった。山の中腹に木立で隠れた洞穴がある。そこが男の住処だ。
「動物だと思ったんだ。すまなかったな」
まだ若い男だ。よく見れば、容姿はいい。切るように鋭い眼光を放つ青い瞳が、ざんばらな黒髪のあいだからのぞいている。
男は人殺しのはずだが、すぐにインウイを殺すつもりはないようだった。
「ぼくはインウイ。おまえは?」
「ふん。おまえときたか。おれはな、シャマード。知らないのか?」
「知らない。どうして、ぼくを殺さなかったの?」
「どうしてって……」
シャマードは言葉をにごし、インウイの足の傷を治療し始めた。
「服をぬげ」
「どうして?」
「矢をぬいたら血で汚れる」
「この服、もう着られないよ。血の匂いがする」
「贅沢言っても着替えはないぞ。いいから、ちょっとのあいだズボンをぬげよ」
「うん」
言われたとおりに、インウイはズボンをぬいだ。ついでに血で汚れた下着も。
すると、シャマードが目をみはった。
「おどろいたな。初めて見た。アンドロギュヌスってやつか」
「なにそれ」
「なんでもいい。いいか? 矢をぬくからな。泣くなよ」
「泣くもんか」
歯をくいしばって我慢したけれど、正直言うと、ちょっぴり涙ぐんでしまった。
*
夜になった。
シャマードはインウイの傷の手当てをし、ウサギの肉のシチューをふるまったあと、干し草のベッドにつれていってくれた。
本性が馬だから、インウイは干し草で寝るのが好きだ。ひなたの匂いのする草の上におろされて、はしゃいでいると、シャマードの手がインウイの上の服をぬがせてくる。
「何?」
「胸はないんだな。外から見ただけじゃ男の子だ」
「あたりまえだろ? ぼくは男だ」
「へえ。おもしろい。じゃあ、こんなことしたら、どうなるのかな?」
とつぜん、男の手に力がこもり、インウイを抱きよせた。
インウイはその夜、初めて、自分が女でもあることを知った。
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