第十話 永久に想う
第10話 永久に想う その一
ソルティレージュとアンフィニは、年中、雪を追って旅に暮らすことにした。魔法屋のある森には冬のあいだしかとどまらない。
そろそろ雪どけの春になってきたので、二人が旅立とうとしていたころだ。とつぜん、ゴブリン城からポワーブルがやってきた。
訪ねてきた親友を見て、ソルティレージュはビックリした。赤ん坊を抱いていたからだ。
それは人間の子どもではなく、と言って小鬼の子どもでもなかった。どう見ても、ソルティレージュと同じ一角獣の子どもである。純白のひたいに小さな銀色の角がある。
「どうしたんだ? その子ども」
「おまえさんの子どもだよ」
ポワーブルが変なことを言いだすので、アンフィニの顔つきが変わる。が、詳しく聞いてみると、いたしかたない事態だ。
「つまりな。こいつは、このあいだ、エメロードが生んだんだよ。奥が悪魔になったもんだから、ずっと前におまえさんが、あいつの体にそそぎこんだ魔力が、今になって結晶して生まれてきたんだ」
「なるほど」
悪魔どうしのあいだでは、そういう不思議なことは、よくある。
たぶん、エメロードの気持ちに整理がついて、ソルティレージュへの思いを断ち切ったので、過去に彼を愛していたエメロードの心が、ソルティレージュの残した魔力と結合しあって、外に出されてきたのだ。
さよなら、過去のわたし——というわけだ。
「ああ、そうなの。お母さんがね。わたしには普通の女のように、ソルティレージュの子どもを生んであげることはできないし、ねえ、この子をわたしたちの子どもとして、大切に育てましょうよ」
「うん。そうしよう」
愛しあうと、すぐに溶けて消えてしまうアンフィニには、世の女性のように子孫を残すことができない。二人は思いがけずやってきた赤ん坊を、心から歓迎した。
その子は絹のように白い肌と、月光を集めたような銀色の巻毛、遠い時のかなたをながめているような甘い碧玉の瞳の、それは美しい赤ん坊だったので、ソルティレージュはその子に、比類なきものという意味の、インウイと名づけた。
さすがに絶世の美女のエメロードが生んだ子どもだけあって、とても美しい。顔立ちは彼女にそっくりだ。
ただ、やっかいなことには、エメロードのもう一つの特徴まで受けついでしまっていた。エメロードは人間の男として生まれ、魔法の力で女になった。男から女へ、ふらふらと何度も性別が変わったので、生まれてきた子どもは、男でも女でもあった。両方の性を持って生まれていた。
「こいつは、なんだか、将来ややこしいことになりそうだな。一角獣の女ってだけでも珍しいのに」
一角獣には、どういうわけか圧倒的に男が多い。一族のなかで女として生まれてくるのは、千頭に一頭ていどだ。今現在、魔界にいる全部の仲間のなかにも、女は一人もいない。
ソルティレージュの心配どおり、この比類なく美しい同族の娘の誕生に、一角獣たちは色めき立った。ウワサを聞きつけ、ゾロゾロ列をなして森の奥の魔法屋へやってきては、この子が大きくなったら嫁にくれと、口々に言いだしたのである。
「頼む。ソルティレージュ。この子をおれにくれ。おまえだって純血種の一角獣の子どもが、我々一族にとって、どんなに大切かわかるだろ? この子は絶対に一角獣と結婚するべきだ」
「いや、こいつは浮気性だからダメだよ。くれるんなら、おれのほうがいいぞ」
「何言ってるんだ。あんたたちの角なんて、水色だの紫だのじゃないか。この子の銀の角にはふさわしくない。少なくとも銀色以上の角の持ちぬしじゃないと」
一角獣の気質と魔力の高さは、角の色に表れる。したがって色によって身分の上下が決まっている。銀の上は最上の金だけだ。
「ダメだ。ダメだ。この子は一角獣にだけは絶対にやらないぞ。処女しか愛せない一角獣なんかに娘をやったら、不幸になってしまうじゃないか。第一、この子は男の子でもある。成長して、男と女、どっちを好きになるかは、この子しだいだ。おれは、この子が好きな相手と結ばれてくれたら、それでいいと思ってる」
一角獣の仲間はうるさく言うが、すでに、ソルティレージュはそのように決心していた。
ともかく、子どもの誕生は嬉しいことだった。一族が全員、来てくれたことでもあるし、ソルティレージュはポワーブルや人間の友人も招いて、盛大な誕生祝いのパーティーをひらいた。
一角獣たちはこぞって素晴らしい祝福のおまじないをインウイにかけた。人間の魔法使いも祝福したので、しまいにはかける呪文がなくなるくらいに、あらゆる祝福の言葉が出つくした。
「おめでたいですね。お師匠さま」
「カボシャールか。すっかり年をとったなぁ。でも、可愛いおばあちゃんだ」
「あたしは、ただの人間ですからね。あたしとシランスからは、この子に子宝を授けましょう」
「いや、もう、それは貰った」
「あらまあ。じゃあ、その子どもたちは一人残らず、玉のように愛らしいでしょう」
というぐあいに、孫の代に及ぶまで、およそ思いつくかぎりの祝福を受けた。
お祝いに駆けつけたなかには、沼地の魔法使いアンプレブーと、その妻ジュルビアン、そして、カレーシュもいた。
この数年のあいだに、カレーシュは十三、四歳ほどの外見の少年になっていた。以前は三十年間、子どものままだったが、母親と再会して心が成長したので、体も大きくなったのだ。これから、ぐんぐん成長するだろう。
「なんて綺麗な赤ちゃんだ。女の子なんだね。可愛い匂いがする」
カレーシュはひとめで、インウイに恋してしまったようだ。
「カレーシュ。大きくなったな。おまえも、この子に祝福してくれるのか?」
「まだ半人前だけど、うまくできるかな」
「真心がこもっていればいいんだよ」
「ソルティレージュは、どんな祝福したの?」
「この子が愛する人と結ばれますようにって」
「じゃあ、その愛が永遠に続きますように。それが僕からの贈り物だよ。インウイ」
永遠の愛のおまじないには、ソルティレージュは苦い思い出がある。
二人の永遠の愛をつらぬくために死んだ兄と、兄の恋人……。
(でも、大丈夫だ。インウイには考えられるかぎりの祝福がされているんだからな)
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