第9話 愛の秘薬 その三
翌朝。
女王が目をさましたときには、すでにエメロードはいなかった。しかし、次の日も、その次の日も、夜になると彼はやってきて、女王を丸太で夢中にさせた。
もちろん、そんなことができるのは、エメロードではない。長マントの下に隠れてついてきた、ポワーブルだ。
以前は、その逞しさに我を忘れていたのは自分なのに、今は夜ごとに別の女を天に昇らせている。
そのさまを見せつけられていたエメロードは、ある夜、耐えきれなくなって、女王の寝室をとびだした。お城の片すみで泣いていると、探索中のソルティレージュに出会った。
「こんなところにいるのが人に見つかったら、困るじゃないか。ちゃんと自分の寝室へ帰っていろよ」
言いかたがつれないので、エメロードはますます涙がこみあげてくる。
「わかっているよ。思えば、これまで私は殿以外の男と数多く関係してきた。そのたびに、殿はこんなにツライ思いをしていたんだね」
「そうだな。まあ、あんたは体の造りが特別だから、しかたないさ」
「私は悪い妻だったかな?」
「ポワーブルは許しているよ」
「そうだね。あの人は心から私を愛してくれている。ねえ、ソルティレージュ」
「うん?」
「今だから言うけど、ずっと、あなたのこと、好きだった」
「知ってたさ。でも、あんたは今、過去の形で話してる」
「うん。いつごろからだろう。いつも一生懸命に愛してくれる殿のことが、とてもいじらしくて、大切に思えて。いっしょにいるだけで気持ちが安らいだ。今度、女になれたら、絶対に浮気はしないよ」
「それがいいね」
そんなふうに言われると、ソルティレージュも頑張らなければならない。
お宝を探して城内を徘徊しているとき、うっかり衛兵に見つかって追いかけられてしまった。相手が人間だからと、たかをくくったせいで、軽い怪我を負った。
(しまったな。意外と腕のいい兵士だった。こんな怪我は二、三日で治るが、どうしたものかな。怪我なんてして帰ったら、ルトローンが怪しむ)
どうも今回は調子が悪い。いつもと違って、思いどおりに事が運んでくれない。やっぱり離ればなれのアンフィニのことが気にかかっているせいだ。
どうにか衛兵をまいて、ソルティレージュが庭の暗がりに隠れていると、納屋のような粗末な建物から、娘が一人出てきた。どこかで見たような、わりと可愛い顔立ちをしている。ソルティレージュの大好きな処女の香りが闇夜に漂ってきた。
(あ、まずい。ここで浮気したら、アンフィニに叱られるぞ。我慢だ。我慢)
悪魔が嫌いな聖書の文言を唱えて、こっちは必死で気分をそらそうとしているのに、よりによって娘はソルティレージュに気づいてしまった。
「誰?」
「誰でもない。おまえは幻を見ている。だから、あっちへ行ってくれ」
「変な人」
ソルティレージュの態度がおかしかったのか、娘は警戒もせずに近づいてくる。ソルティレージュが怪我を負っていることに気づくと、優しく眉をひそめた。
「待っててね。今、お薬を持ってくるから」
「ダメだ。いいんだ。ほっといてくれ。雲の上からアンフィニが見ているかもしれない」
いいと言うのに、娘は建物のなかに走っていって、薬を持ってきた。
「ごめんなさいね。わたしのうち貧乏だから、ろくな薬がないのよ。でも、これなら効くと思うわ。ご先祖から伝わってきた大切な薬だから」
そこまで聞けば充分だ。
ソルティレージュは娘が誰に似ているのか思いだした。聖書の文句を唱えるのをやめて、娘の顔を見なおす。
「ちょっと待った! おまえの兄は馬屋番のルトローンだな?」
「そうよ。あの納屋に一家で住んでいるの。わたしは台所で下働きをしているわ」
「そうだろうとも。おまえはカプリッチに似ている。せっかく、おれが幸福にしてやったのに、愚かな子孫のせいで、あの美人の
話し声を聞きつけて、納屋からルトローンが現れた。
「おや、また会いましたね。精霊さん。ええ。そうですよ。それは祖父が城を追いだされたときに、ゆいいつ所持していたものです。とても大切な魔法の薬だと聞いています」
「よし。その薬をおれに譲れ。そうしたら、一家はもう一度、城に住めるぞ。明日の朝、王様に呼ばれたとき、何もかも素直に言われたとおりにするんだ。それから、とても大切なことだが、娘。おまえの血を少しくれ。このハンカチにすりつけるんだ。ほんの一滴でいい。同じものをもう一枚作って、兄に持たせてやれよ。そして、ルトローン。おまえは今から、妹のくれたハンカチを、どんなことがあっても肌身離さず持っているように」
「はあ……」
念願の薬を手に入れたソルティレージュは、エメロードのもとへ急いだ。
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