第9話 愛の秘薬 その二
とにかく、薬の処方をつきとめるしかないので、そのあと、ソルティレージュはせっせと文書室に通った。
大元の秘薬を作ったのは、この城の誰かだろう。本人はとっくに死んでいるとしても、
昼間は馬の姿で人目を忍び、夜になると処方を求めて城内をさ迷う。
ソルティレージュがけんめいに秘薬の作りかたを調べているあいだ、エメロードは毎晩、地獄である。なにしろ、体は男だが、心は女のままなので、若くて美しい女王を前にしても、体が男の反応をしてくれない。正式に教会で式をあげてしまったのだから、女王は当然、夜の相手をエメロードに求めてくる。毎夜、言いわけをするのにも疲れてしまった。
「あなた、まさか、わたくしを侮辱なさっているの? なぜ、いつまでも花嫁のわたくしをほうっておくのです。もし、明日もこのままなら、神に偽りを誓った罪で、縛り首にしますよ」
女王は気の強い女だった。
エメロードはあわてて、ポワーブルに泣きついた。
「殿。どうしましょう。殺されてしまいます。いっそ逃げだしましょうか。ゴブリンの城に入ってしまえば、誰も追ってはこられません」
「いやいや、ソルティレージュに相談してからにしよう」
そこで二人がそろって馬屋に行くと、ソルティレージュはうなり声をあげた。
「まいった! 今、古文書をあさっているんだが、それらしいのが見つからない。もう少し時間が欲しい。そのためには、ここの馬屋で寝起きできるのは、ありがたいんだが。あんたたち、ちょっとのあいだ、女王をごまかしておけないか?」
「でも、体はどうあれ、私は女どうしで抱きあうようなことはできません」
エメロードが言うので、ソルティレージュは考えこんだ。ちょうどそこへ、馬丁の青年が飼い葉の入った桶を持ってきた。エメロードを見て驚く。
「これは陛下。ご機嫌うるわしゅう。ご用でございますか? このような汚いところへ、わざわざ起こしいただくとは」
「ああ、いや、なんでもないよ。私の馬のようすを見にきただけだ。毎日、とてもきれいにブラッシングしてくれているのだね。ありがとう」
「とんでもない。これが仕事ですから」
顔立ちは地味で目立たないが、青年は馬丁にしては品がいい。良い教育を受けたような高貴なふんいきがあった。
青年が飼い葉桶を置いて出ていくと、ソルティレージュはとつぜん、ひらめいた。エメロードたち二人に待っているよう告げて、人間の姿に化けると、青年のあとを追っていった。
「これこれ、そこの青年」
青年はさぞ驚愕したことだろう。
たったいま自分が出てきた馬屋から、ひたいに角飾りをした仙人みたいな男が現れたのだから。
「どちらさまでしょう?」
「私は人間の世界の馬たちを統べる精霊だ。おまえが、いつも馬たちを大切にしてくれるので、今日は礼を言いに来た。名前はなんという?」
「ルトローンです」
「ルトローン。ちょっと聞くが、おまえ、じつのところ身分の高い生まれではないか?」
ルトローンは馬たちに優しくしてくれるので、ソルティレージュは彼のことが、とても好きになっていた。裏表なく、まじめに働くばかりでなく、仕事のあいまにお城の文書室から借りてきた難しい本を読んでいる。馬丁が字なんか読んでどうするんだと、まわりの者たちは笑っているが、ソルティレージュには彼がほんとは馬丁なんかしているような人間ではないことがわかった。
「なんでも祖父は、となりの国の王子だったということです。だんだんに落ちぶれる一方で、今では人に召し使われる身分になってしまいました。私は男ですから我慢できますが、妹にはいい縁組をさせてやりたいものです」
「となりの国というと、何十年か前に、大火事で王宮が燃えてしまったという、あの国だな?」
「はい。そのときに死んだのが、祖父の兄です。祖父は兄のやりかたに反対ばかりするので、国を追放されたのだそうです」
「なるほど。カプリッチ姫の息子たちか。そう言えば、カプリッチと結婚した王は横暴だったな。兄のほうは父親に似たんだろう。弟が王になっていれば、私の兄さんも、あんなことにならなかったのに。いや、それはもういいんだ。今となってはすんだこと。わかった。おまえに運を授けてやるよ」
ソルティレージュは馬屋へ戻り、白馬に化けた。
「エメロード。ちょっと辛いかもしれないが、我慢するんだぞ。今夜からしばらくのあいだ、こうしてくれ」
ソルティレージュから策を与えられたエメロードは、その夜、くるぶしまで隠れる長いマントをつけて、女王の寝室へ出向いた。
「今夜は言いのがれを許しませんよ」と言う女王に、
「そのかわり、明かりを消してください」と答える。
「あらまあ。それじゃ、あなたのきれいな顔が見えないわ」
「あなたは二度めの結婚でも、私は初めてなんです。許してください」
窓のカーテンさえ閉めきって、外から月の光が入らないようにすると、ロウソクの火を吹きけし、エメロードは寝台にあがった。
何も見えない暗闇。
年下の美少年を可愛がってやるつもりでいた女王は、新しい夫の思わぬ力強さに驚きの声をあげた。大きい。しかも太い。まるで丸太だ。女王は一晩中、翻弄された。
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