第8話 魔城祭 その七
「金のガチョウ! そうだ。思いだした。以前、魔界へ帰ったとき、仲間の誰かが言っていたんだ。人間の世界で、美しい娘に金の卵を生むガチョウを贈ったと。あいつは、たしか……そう。エキパージュ! なんてことだ。名前だって、二輪馬車なのに」
カレーシュは四輪馬車。
エキパージュは二輪馬車。
この関連性に、なぜ気づかなかったのか。
カレーシュが目を輝かせる。
「ぼくのお父さんを思いだしたんだね?」
「ああ。これからすぐ、あいつに会いに行き、こっちへ来てもらおう。そうすれば、おまえの母さんも見つかるぞ」
「わーい!」
それからは、急展開。
魔界からエキパージュをつれてきて、夜が明けるまでに、ジュルビアンを見つけた。驚いたことに、少なくとも五十歳にはなっているはずのジュルビアンは、まだ二十歳かそこらの娘に見えた。
「お母さん!」
「カレーシュ。ぶじだったのね。ずっと、あなたを探していたのよ」
「ぼくもだよ。お母さん」
生意気なカレーシュも母の前では、ただの泣き虫な子どもだ。親子が再会を喜んだあと、ジュルビアンは自分の身に起きたことを打ちあけた。
「じつは、わたし、あのガチョウが金の卵を生むだなんて知らなくて……食べてしまいました。羽をむしって丸焼きに。そのあと、お腹が熱くなって、次の日の朝、わたし、金の卵を一つ生みました。卵から出てきたのが、カレーシュです」
それで、すべて合点がいく。
「なるほど。ガチョウが生むはずだった卵と、エキパージュの一角の魔力が結実して、カレーシュは生まれたのか。カレーシュの持つ翼と、角で刺したものを黄金に変える力は、ガチョウの持っていた魔法の名残なんだ。
お母さん。あなたが今もこんなに若く美しいのも、魔法で作られたものを食べてしまったからですよ。ほんの少しだけ体が魔力を帯びている。ちょうど、魔法の力で若さを保っている魔法使いと同様にね」
ソルティレージュが話のつながりを作ってやると、沼地の魔法使いがしゃちこばって彼女の前に立った。
「ジュルビアン。私のことをおぼえているだろうか?」
ジュルビアンは目をふせる。
「アンプレブー。もちろん、おぼえているわ。ほんとに……ごめんなさい。一度きりの過ちが、あなたをこんなに苦しめてしまって」
「私はあのころ、ずいぶん君を責めた。裏切られた思いが強かったからだ。君は私を愛してはいなかったのだと思って……」
ジュルビアンの目に涙が浮かんでくる。ふせたまつげをぬらして、白い頰にこぼれた。エメロードやアンフィニのような絶世の美貌ではないけれど、彼女には物静かでひかえめな魅力がある。憂い顔が美しいタイプだ。
「わたし、あなたのことを愛さなかったことは一度もない。エキパージュに会ったとき、むしょうに体がほてって、わけがわからなくなって……そのときでも、あなたのことを忘れたことはなかった」
「じゃあ、どうして——」
問いつめようとする沼地の魔法使いを、ソルティレージュはとどめた。
「それが一角獣の魔力なんだから、しょうがないじゃないか。一角獣の息吹にかかると、乙女はみんな、そうなるんだ。あんた、やりなおしたいんだろ? 大事な言葉は、そんなものじゃないはずだ」
沼地の男はハッとし、思いなおしたようだ。
「君を愛している。今度こそ、私の妻になってはくれないか」
ジュルビアンは泣いていた。
「いいの? こんなわたしでもいいの?」
「君しかいないよ。結婚してくれるね?」
「ええ……いいわ。アンプレブー」
こうして、三十年もの遠まわりをして再会した恋人たちは、ようやく結ばれた。
「ジュルビアン。これからは君と君の息子の両方を愛する。カレーシュだったね。君もジュルビアンとともに、私の城で暮らさないか?」
カレーシュはソルティレージュに目顔で相談してくる。ソルティレージュはうなずいた。カレーシュには家族が必要だ。カレーシュがうなずき返す。
「うん。ぼくも魔法をおぼえたいしね。おじさん、教えてね」
「おじさんか。まいったな」
「そんなに簡単にお父さんとは呼べないよ」
また生意気を言っている。
それでも、沼地の魔法使いアンプレブーは、嬉しげに頰をゆるめた。が、急にその顔をひきしめる。
「ところで、私は私怨のために大勢の娘たちに、むごいマネをしてしまった。償いをしなければならない。どうしたらいいだろう」
ソルティレージュはポワーブルと顔を見あわせる。
「その心配はないね。みんな幸せいっぱいになってるから」
ソルティレージュが広間に放った恋の魔法は一晩続いた。まもなく夜が明け、人々はそれぞれにお土産を貰い、二人ずつ手をとりあって帰っていった。お土産はくだけたゴーレムのカケラだ。
この後しばらく、国内では婚礼が絶えなかったという。王女と騎士長も盛大な式をあげ、国民に祝福された。
「ありがとうね。ソルティレージュ。母さんを見つけてくれて。ほんとの父さんに会えなかったのは、ちょっと残念だけど……」
「そのうち会えるさ」
「うん。また遊びに行くよ。森の魔法屋に。ぼくがいないと、さびしいだろうから」
「こいつめ。最後まで小憎らしい口を」
カレーシュとも別れ、親子三人に見送られ、沼地の城をあとにした。城門の外には、エキパージュが立っていた。
「ほんとによかったのか? カレーシュに会わなくて」
「おれが顔を出しても話がややこしくなるだけだ」
「でも、カレーシュはおまえの息子じゃないか」
「心配いらないさ。おれたちの寿命は人間より、はるかに長い。たとえ、ふつうの人間より少し長生きな魔法使いにくらべてもだ。人間の両親がいなくなったあとが、おれの出番さ」
「そういうことか」
いずれ、魔界に翼のある変わり種の一角獣が一頭、増えることになりそうだ。
エキパージュは神妙な表情で言った。
「それにしても、今度のことで悔いあらためたぞ。なあ、ソルティレージュ」
「なんだ? もう人間の娘には手を出さないのか?」
「いいや。今度から人間には、生きているものは贈らない。食われてしまうからな」
エキパージュは笑って去っていった。
ソルティレージュたちも森へ帰る。森の入口あたりで、ポワーブルともお別れだ。
「今度、コリアンドルの結婚式をひらくから、来てくれよ。とびきりの酒とご馳走でもてなすぜ」
「ああ。コリアンドルにも念願の美人の奥さんだな。おめでとう。じゃあ、またな」
そこから森の奥の一軒家までは、ソルティレージュとアンフィニの二人きり。
「今夜は雪が降るかな。雪が降れば、愛しあえるのに」
「降るといいわね」
ソルティレージュは愛しい娘の肩を抱きよせた。
「考えたんだけどね。その冬の最後の雪がやんだら、次の冬まで抱きあわないというのは、どう? そしたら、君と一年中、いっしょにいられる」
「でも、それじゃ、あなたがツライわ。一角獣の情愛は激しいんですもの」
「君のためなら我慢するさ」
アンフィニが涙ぐむ。
「ほんとに?」
「ああ」
白く雪に包まれた森のなか。
見ている者は誰もいない。
恋人たちは深く、くちづけをかわした。
冬が去るのは、もう少しさきのことだ。
了
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