第8話 魔城祭 その六



 大きな寝台の上で、ひと組の男女が妖しい影を描いている。


(遅かった……アンフィニ……)


 愛する人が、目の前でほかの男に……。

 ソルティレージュの胸は嫉妬と絶望で砕けちりそうだ。


「アンフィニーッ! 消えないでくれ! 君を愛してるんだッ。おれには君が必要なんだー!」


 すると——


「ほんと? ほんとに、そう思ってる?」


 なにやら、うしろのほうから声がする。ふりむけば、そこにアンフィニが。


「あれ……? あれッ?」

「ほんとに、わたしのこと愛してる? ほかの誰よりも?」

「もちろん! だけど、じゃあ、あれは?」


 寝台では美少女が男の上に馬乗りになっている。立ちあがっておりてきたのは、アンフィニによく似てはいるものの、よく見れば、華やかな金色の巻毛。アンフィニは可憐な直毛だ。


「ああ……なんだ。エメロードか」

「なんだじゃねえよ! おれの可愛いエメロードがァ!」


 怒り狂うポワーブルに、エメロードはしがみついていった。


「ゆるして。殿。こうするしかなかったの。わたしの愛しているのは、あなただけよ。でも、アンフィニを守るために、しかたなく……」


 こう言われては、ポワーブルも、けなげなエメロードを叱るわけにもいかない。


「そうか。そうだよな。アンフィニを守るために……チクショウ!」

「だって、この男、わたしとアンフィニが終わったら、広間に集めた娘たちともども、全員バラバラにして、大鍋で煮込むって言うんですもの。わたしが時間かせぎをするしかないと思って」


 美しい碧玉へきぎょくの瞳に涙を浮かべられたら、しょせん彼女に一途のポワーブルは弱い。


「こいつめ。こいつめ。いじらしいことを。かわいそうに。怖かったろう?」

「とっても怖かったわ」

「すまなかったな。おまえたちをさらわれてしまうなんて、おれが不甲斐なかったよ」

「いいの。助けにきてくれたんだもの。わたし、あなたなら、きっと来てくれると信じてた」

「えーい。この可愛いやつめ」


 イチャつき始める。

 ソルティレージュもあらためて、アンフィニを抱きしめた。


「ぶじでいてくれて、よかった。君が消えてしまうと聞いたとき、心臓が止まるかと思ったよ。もう、どこへも行かないでくれ。おれは君なしでは生きていられない」

「わたしもよ。わたしがあなたを思うほど、あなたはわたしを愛してないんじゃないかと思ったら、このまま消えてしまいたかった」

「そんな悲しいこと言わないでくれ。愛してるよ。アンフィニ」

「愛してるわ。ソルティレージュ」


 大人たちがチュウチュウ音を立てながら、はでにキスの雨を降らせているので、カレーシュが困りはてた。


「あのぉ、そんなことより、悪い魔法使いは?」

「ああ。そうだった」


 沼地の魔法使いはベッドのなかで白目をむいていた。エメロードの外見は処女のように初々しいが、その内には男を骨抜きにする妖婦の力が宿っている。悪しき魔法使いも、これには降参だったらしい。


「邪悪な魔法使いもこうなると、だらしないな。どれどれ、どんな男だ? 二目と見られない醜い男だという話だが」


 男は全裸だが、両目のところだけ穴があいた黒いフードをかぶっている。布をめくっていくと、ウワサとは裏腹に、まずまずの男前だ。


「へえ。意外だな」

「男前のくせに、女をさらってきて鍋で煮ようとは、屈折した野郎だぜ。この顔なら、女なんていくらでも寄ってくるだろうに」と、ポワーブルは憤然としている。


 エメロードがそれに答えた。

「そうでもなさそうよ。この人、最初のうち、まるで女にさわるのも初めてみたいでしたもの」


「でも、広間の娘たちは——」

「ええ、かわいそうな人ね。途中まではできるけど、すぐにしぼんでしまうのよ。わたしが男にしてあげたとき、とても喜んでいたわ」


 ソルティレージュは腕を組んだ。

「では、この男、不能だったのか。わざと娘たちを無慈悲にあつかっていたわけじゃないんだな」


 そうこうしているうちに、男が目をさました。まわりを囲まれているのを見て、観念したらしい。というより、自分の秘密がバレてしまったので、精神的な打撃が大きかったようだ。


「……そうだ。何もかも、あの女のせいだ。私という婚約者がいながら、旅の男の子どもなんか生んで。あれは魔物の子だった。ひたいに角があったんだ。それ以来、女がおぞましく思えた。女を買っても、もとの婚約者のことを思いだしてえてしまう。商売女たちに笑われるたびに、女が憎くなった。それならいっそ大勢の美女を辱めて惨殺してやろうと、魔法を会得して復讐に乗りだした。だが、けっきょくは、このありさまだ。もう終わりにしたい。殺したければ殺せ」


 そう言いながら、沼地の魔法使いはエメロードを見つめる。


「あなただけは違った。こんな私を笑わず、一人前にしてくれた。ありがとう」


 泣きだす男の手を、エメロードは優しくにぎる。


「あなたは今でも、別れた婚約者のことを好きなのね。好きだから忘れられなくて、ほかの女にもその人の面影を見るのよ。自分の心に素直になって、その人とやりなおせばいいわ」


 沼地の魔法使いは心底、驚いた。


「私がまだ、あの女を愛している? そうなのか? いつも、あの女の顔が目の前にチラつくのは、憎しみのためではなかったのか? ああ……だが、そうなのかもしれない。夢のなかで見る彼女は、いつも微笑んでいた」


 沼地の魔法使いは両手で髪をかきむしる。


「だが、もう遅い。私は魔法で自分の体を若く保っているが、別れたのは何十年も前のこと。おそらく、すでに年老いて死んでいるだろう」


 そこへ、「あのぉ」と、おずおずとカレーシュが口をはさむ。

「角のある子どもって、ぼくみたいなのじゃなかった?」


 その顔を見て、沼地の魔法使いは叫んだ。


「ジュルビアン!」

「やっぱり。ジュルビアンは、ぼくのお母さんだよ。ぼく、お母さん似なんだ」


「すると、おまえが、あのときの——」

「うん。ぼくもお母さんとはぐれちゃって、探してるんだ」


「そうか。ジュルビアンは行方知れずか。あのとき、私が彼女を許していれば、こんなことにはならなかったのだろうか? だが、あのときは、あんなおかしな金のガチョウを貰うために、彼女が忌まわしい不貞を働いたのだと思った」


 それを聞いた瞬間に、ソルティレージュは思いだした。

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