第8話 魔城祭 その五
月光の照らす中庭。
宵闇が急速に深まり、残照は血のように赤い。
城内は不気味に静まりかえっていた。
薄暗く見通しの悪い廊下。
こけおどしの悪趣味な彫像やガイコツなどが飾ってある。
「むこうから大勢の人間の気配がする」
ソルティレージュは人間の匂いをかぎつけ、走っていった。
廊下のさきに巨大な両扉がある。
扉を守っているのはゴーレムだ。石の巨人兵は侵入者を見て、岩山みたいな巨体でむかってきた。その腕だけでも雄牛の胴まわりより太くて大きい。こんな腕でなぎはらわれたら、石造りの家だって、たちまち吹きとばされてしまう。人間のやわな体では太刀打ちできない。
「ここは、おれに任せろ」
ソルティレージュは化身をといて、まっすぐに走っていった。ゴーレムは魔法で作った巨兵だ。必ずどこかに魔法を封じこめた弱点がある。その弱点さえつけば、ゴーレムは粉々にくだけてしまう。
動きの鈍いゴーレムの攻撃をかわし、ふりおろされた腕を足場がわりにして、ソルティレージュは跳躍した。上から見おろしたとき、一瞬、ゴーレムの体の一部が不自然に赤く光った。
「そこだ!」
ひたいの一角で、ソルティレージュはゴーレムの右目をつらぬく。巨体に音立ててヒビが入っていく。
だが、ゴーレムにはもう一ヶ所、弱点があった。用心深い沼地の魔法使いは、魔法を二つにわけていたのだ。二つを同時に破壊しなければ、ゴーレムはまもなく復活してしまう。
ソルティレージュは急いで角をひきぬき、左の目もつぶそうとした。しかし、思いのほか深く突き刺さった角が、なかなかぬけない。
いきりたったゴーレムは雄牛のような腕で、ソルティレージュを乱打した。
「危ない! ソルティレージュ!」
カレーシュの叫び声が響いた。
すると、少年の体が金色に輝き、光のなかで刻一刻と変化していく。やがて、小柄な一角獣になった。金色の毛並みの、金の角を持つ、青い目の子どもの一角獣。
だが、なぜか、その背には一対の黄金の翼がある。
カレーシュはゴーレムの腕を駆けあがり、残る左目を金の角で突いた。ゴーレムは粉みじんになって崩れおちる。
「大丈夫だった? ソルティレージュ」
「あれくらい、どうってことはない。しかし、カレーシュ、おまえ、その姿……」
「必死になったら変身できたよ。これで、ぼくも一人前だね」
「それはまあ、そうだが……」
わかっているのだろうか?
一角獣には、ふつう、背中の翼はない。
ソルティレージュが人間の姿に戻ったときには、ゴーレムの残骸はすべて黄金に変わっていた。
(もしかして、こいつの角で突かれると、純金になるのか? なんなんだ、こいつ。カレーシュ)
ともかく、さきを急ぐので、両扉のなかへ入っていった。そこは城の大広間だ。大勢の囚われの娘たちが集められ、裸ですすり泣いている。
「いない。おれのアンフィニ」
「エメロードもだ」
集められているのは人間の娘たちだけだ。娘たちは助けが来たというのに泣きやまない。なかには恋人が駆けよると、身をよじって泣きふす娘もいた。
当然のことながら、沼地の魔法使いから受けた仕打ちのせいだ。
さすがに、ほんの幼児は無傷だが、娘たちからは、ソルティレージュの大好きな匂いがしない。
「あの男は悪魔です。女が憎くてならないから、仕返しだと言って……」
「わたしが血を流すとすぐに、途中で出ていってしまったわ」
ソルティレージュは憤った。
「なんて、もったいな……いや、ヒドイことをする男だ。そんな痛々しい思い出が残ったら、一生、愛を楽しめない。おれがこんな体じゃなかったら、つらい思いを忘れるまで歓びを教えてやるんだが」
「よし任せろ!」
コリアンドルが叫んで、広間をすばやく走りまわる。なかで一番、美しい娘にとびつくと、悪魔の特別な力で夢中にさせる。
人間の男たちも負けてはいない。
「なんの。おれだって」
「愛してるよ。君の心の傷なんて、おれが忘れさせてみせる」
「じゃあ、おれたちも」
恋人を助けにきた男はそれぞれの恋人と、王の命令で来た騎士たちは、気のあう女の子を見つけて抱きあった。
広間はとつぜん、おかしな魔法が
あわてて父親が幼い子どもを外につれださなければならない始末。
「ちょっと、どうして、わたしのところには誰も来ないの? わたしが王女だから遠慮してるの?」
玉座のうしろに隠れていた王女が出てくると、
「姫。わたくしでよければ。ずっと、あなたさまを慕っておりました」
「あら、おまえは騎士長。じつはわたしも、おまえのことが気になっていたのよ」
甲冑を外した騎士長は、けっこうな美青年。玉座のうしろで、二人もいいふんいきだ。
ソルティレージュはポワーブル、カレーシュとの三人だけで、広間からさらに奥の廊下へふみだした。
「いや、まいった。まいった。みんな、どうしちまったんだかね」と、ポワーブル。
「おれが魔法を使ったんだ。みんなが幸福になれるように」
「好きだねぇ。おまえさんも。幸せのおまじない」
細い廊下の奥には階段があった。
そこから階上へあがっていく。
どうやら城の中心にある尖塔に続く階段らしい。
らせん階段をのぼっていくあいだも、ソルティレージュは祈るような思いだった。
(アンフィニ。どうか、どうか、ぶじでいてくれ。さっきの娘たちのようなめにあっていませんように。あの子が消えていなくなってしまうなんて、おれには耐えられない)
塔の窓から月明かりが青白く差しこみ、不安を高まらせるような陰影を作る。
ソルティレージュの心臓は早鐘を打ち、今にも破裂しそうだ。もしも、この階段のさきに、愛しい人の姿を見つけられなければ——
階段のつきあたりに扉があった。
最上階の部屋。
その内に、アンフィニはいるのだろうか?
「アンフィニ——!」
ソルティレージュは扉をあけはなち、とびこんだ。
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