第8話 魔城祭 その四



 ソルティレージュは城門前でうなった。


「困ったな」


 腕を組んでいると、わざとらしくポワーブルが驚いて、からかってくる。


「へえ。おまえさんでも困ることがあるのか。魔法の腕で沼地のやつに劣るのかい?」

「劣るもんか。失敬なことを言うなよ。おれ一人が入っていくことなら問題ない。だが、この魔法をむりやり解くと、ここにいる人間は全員、死んでしまう。それどころか近隣の街や村も全滅だろう」


「へえ?」

「この扉は三つの魔法で守られている。一つめは鏡の魔法。外から向けられてくる魔法の呪文をはねかえす魔法だ。これじたいは、おれも鏡の魔法を自分にかけた上で、門に攻撃魔法をしかければいい。門の魔法と、おれの魔法があわせ鏡のようになって、攻撃の魔法を反射しあい、その力を増幅させる。いずれ、もろいほうの鏡が割れることになるが、おれの魔法が負けることはない」

「へいへい。さすがだね」


 ほんとにそう思っているのか、ポワーブルのニヤニヤ笑いを見るかぎりでは疑問だが、ともかく説明を続ける。


「つまり、一つめの魔法は解ける。だが、その下にある二つめの魔法が困ったやつで、一つめがやぶられると、すぐに恐ろしい猛毒を噴きだす。そこへ間髪入れずに三つめの魔法が発動して、強風を吹き荒れさせる。この毒を吸えば、一瞬で人間は死んでしまう。その猛毒が風に乗って、はるか彼方まで広がるって仕組みさ。あとの二つだけの組みあわせなら、吸収の魔法でつぼかなんかに吸いこんでしまうことができるが、一つめが鏡だろう? 自分の放った攻撃の魔法をくらわないように、ずっと集中していないといけないから、吸収の魔法がまにあわない」


 ポワーブルもやっと真剣な顔になった。


「ふうむ。こいつのずるがしこさには、おれさまも脱帽だぜ。悪魔にも劣らぬ狡猾こうかつさだ。言っとくが、これは褒め言葉だ」


 だが、そこで、ポワーブルはニヤリと笑う。


「こういうときこそ、おれさまの出番だな。おれを誰だと思ってる。地下のことならお任せのゴブリン王だぜ。すぐに手下を呼んで、門の下を通りぬける抜け道をほらせよう」

「魔法を解くのにくらべたら、時間はかかるが、それしかない。いくら娘たちを助けるためとはいえ、何千、何万もの人間を皆殺しにするわけにはいかないからな」


 さっそく、ポワーブルは足をふみならして手下を呼んだ。近くにいて、王様の足ぶみを聞きつけた小人たちが、数人、ひょこひょこと土のなかから顔を出す。


「おお、コリアンドルじゃないか。おまえ、元気だったか?」

「やっぱり兄貴か。ひさしぶりだなぁ」

「おまえも水くさいぜ。どうして城を出ていっちまったきり帰ってこないんだ? 同じ親から生まれた兄弟じゃないか」

「うん。まあ……」


 小人たちのなかには、ポワーブルの弟、コリアンドルもまざっていた。百何十年か前に行方不明になっていたのだ。


 ポワーブルは気づいてないみたいだが、ソルティレージュは知っている。コリアンドルは実の兄が、あんまり物凄いような美女を嫁にしたので、二人にヤキモチを妬いて出ていったのだ。兄嫁みたいな美しい妻が、自分も欲しくなったのだろう。しかし、彼は姿の醜い小鬼だ。人間の娘をくどくのは、たいへんな困難をともなう。


「まあ、それはともかく、非常収集を聞いて、はせさんじた。なんの用だい? 兄さん」

「それそれ。おまえたち、これから、あの城門の下を通って、なかへ入る抜け道をほってくれ。もちろん、おれが率先する。あのなかに、エメロードが捕まってるんだよ」

「何ッ? あの綺麗な義姉さんが? そいつはほっとけない」


 コリアンドルも兄夫婦を嫌っているわけではないのだ。


 ゴブリンたちは主も従もいっしょになって、穴をほり始めた。やわらかく崩れやすい沼地の地面も、ゴブリンたちはうまく四方の土を固めながら、強固なトンネルを造っていく。人間が通れるほどの大きなトンネルが完成するのには、かなり時間がかかりそうだ。人間たちも手伝って、ほりだされてきた土を全員、手渡しにして穴からかきすてた。


「ところで、なあ、ソルティレージュ。おまえさんに言っておかなければならないことがある」


 穴を掘る手は休めずに、ポワーブルが深刻な顔つきで言いだした。


 地下水の浸水や崩落を魔法で防いでいたソルティレージュは、親友のいつにない真剣な表情に、なんだか、とても嫌な予感がした。


「ああ。なんだ?」

「アンフィニのことだがな。あいつは、おまえのために作られた命だ。口ではどんなことを言ったって、おまえのことが好きでならないのよ。おまえに嫌われてしまったと感じたら、生きていけないんだ。おまえとケンカ別れした今、ほかの男に体をあたためられて消えてしまったら、そのまま二度と蘇ってこないかもしれない」


「なんだってッ?」

「沼地のやつは、さらった娘を全員、傷物にしてやるんだとか言ってたそうだが、もしかしたら、もう、アンフィニは……」


 ソルティレージュは目の前が真っ暗になった気がした。そうとわかっていれば、人間が何千人死んだってかまわないから、門の魔法をやぶっておけばよかったとすら思った。そんなことをすれば、たとえアンフィニを助けだせたとしても、良心の痛みに耐えかねて、ソルティレージュは死んでしまうのだけれど。アンフィニのためなら、命を落としてもかまわないと。


(アンフィニ。どうか……お願いだから、ぶじでいてくれ)


 ソルティレージュは心が張り裂けそうな思いで、身勝手で非情な決断を自制した。


 昼から始まって、ようやく日暮れ時になってから、抜け道は完成した。城門の魔法をさけて、深い地下道が中庭まで通る。


「やったぞ! 庭に出た」

「突撃だ! 油断するなッ」


 ソルティレージュを先頭に、男たちは一丸となって突進した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る