第8話 魔城祭 その三



 ソルティレージュは思いあたる。


「ここ十年のうちに、どこやらの外国からやってきて、沼地に勝手に城を建てやがった新参者だな? 以前から評判がよくなかったが、そんなことまでやらかしてたのか」


「もう国中で百人近い娘がさらわれています。娘にかぎらず、美しい女なら、人妻だろうと幼女だろうと、おかまいなしです。なんでも沼地の魔法使いは、たいそう醜い男で、昔、美しい女にふられたことを恨んでいるのだそうです。美しい女を百人集めて、一人ずつ弄んだあと、手足をちぎって大鍋でいっしょくたに煮込んでやると、ふれまわっているのだとか。さらわれた女たちが、やつの城でどんなムゴイめにあっているのか……考えるのも哀れです。が、根性は曲がっていても力だけは強い魔法使いなので、我々では手を出せません。せめて、こうして新しい犠牲者が出ないよう、見まわりを強化しているのですが」


 礼を言って別れたものの、気がかりではあった。ソルティレージュ自身の心の痛手がないときだったなら、すぐにも沼地の魔法使いの城へ乗りこんでいったかもしれない。


(沼地の魔法使いか。どんなやつなんだろう?)


 魔法使いどうしの会合にも来ないし、めったに自分の城から出ないので、誰も顔を知らないのだ。


 森の我が家では、カレーシュがソルティレージュの帰りを待ちわびていた。生意気なようでも子どもなので、一人で待つのはさみしいのだろう。


「遅かったね。何かあったの?」

「うん。まあな。だが、大丈夫だ。おまえの心配することじゃないさ。今日は子どもの好きなお菓子を買ってきてやったぞ。ハチミツもあるからな」

「わーい。ヤッター!」


 これで、かたわらにアンフィニさえいてくれれば、言うことはないのだが。


(まあ、アンフィニはポワーブルの城で何百人ものゴブリンに守られているからな。安全だ。いかに強力な術を使う沼地の魔法使いでも、やつは人間だ。悪魔の城を襲いはしないさ)


 そう思っていたのに、まったく、その年は呪われていた。

 ゴブリンの城から、ポワーブルが血相変えて駆けつけてきたのは、その数日後だ。


「たいへんだ! ソルティレージュ。エメロードが帰ってこない!」


 醜い小鬼の親友は、あわてふためいて顔をひきつらせている。いよいよ醜い。


「エメロードが帰ってこないって? まさか、また家出したのか?」

「バカなこと言うな。おれたちは、あれからずっとラーブラブだぜ。そうじゃないんだ。ひさしぶりに娘と人間の世界に行きたいって言うから、アンフィニと二人、街まで送ってやったのよ。買い物や芝居見物をしてくるってんで、日暮れになってから迎えに行くことにしたんだ。それっきり、夜になっても約束の場所に来ない。なんかあったんじゃないだろうか。おれはもう心配で心配で……」

「なんだってッ?」


 思わず、ソルティレージュは友人に食ってかかった。


「なんてことしやがる。おまえ、今、街じゃ大変なことになってるんだぞ。世界中の美女が束になってかかっても、てんでかなわないような超絶美少女を、二人きりで歩かせるなんて、狼の前に縄で縛った子羊を放してやるようなもんだ。絶対、沼地の魔法使いにさらわれたに決まってる」

「お——おい、どこに行く気だ?」


 とるものもとりあえず、外にとびだすソルティレージュのあとを、ポワーブルが追ってくる。カレーシュも続く。


「カレーシュ。おまえは来るな」

「イヤだ。ぼくも行く。ぼくだって人間よりは力も強いし、少しは魔法だって使えるよ」


 問答している時間も惜しいので、ソルティレージュは本来の姿に変身すると、小さい友人と少年を、ぴょいぴょいと背中に乗せて、森を駆けぬけた。森を出て街道から街へ入り、さらにいくつもの街から街へ走りとおした。


 悪名高い邪悪な魔法使いの城のある沼地にまで来ると、城壁のまわりを百人ほどの兵隊がかこんでいた。ほかにも恋人を奪われた男たちや、子どもを助けにきた父親も集まっている。どうやら、魔城へ討ち入るつもりらしい。


 背中の二人をおろして人間の姿になると、ソルティレージュは兵隊の囲みのなかへ入っていった。


「突入するつもりなら、おれを先頭にしろ」

「おお、あなたは森の魔法使い、ソルティレージュさま。先々代の王の時代より以前から、あなたさまは幾度となく王家に幸福をもたらしたと聞きます。このたびも我らに力をお貸しください。じつは昨日、わが城の王女がさらわれたのです。それがため、陛下も討ち入りのご決断のよしにございます」


 甲冑かっちゅうをつけた騎士長が応える。


「先々代か。懐かしいな。エメロードの父上だ。なあ、ポワーブル」

「おれさまのしゅうとさんだね。さあ早く、なかへ入るぞ。その奥さんが待ってるんだ」


 突進していこうとする二人を、騎士長が呼びとめた。


「我々もさきほどから城門をやぶろうとするのですが、どうしても門がやぶれません。つちを使っても、大砲を使ってもです。どうやら、魔法の力で守ってあるらしいのです。さらに城壁のあらゆる場所には、目に見えない力があるようで、梯子はしごをかけることさえできません」


「なるほど。城門の魔法が城全体を守っているんだろう。門をやぶらなければ近づけなくなっているんだな。よし。門の魔法は、おれがなんとかする。そのかわり、城のなかには小物の使い魔が飼われているかもしれない。そいつらの始末は、あんたたちに頼む。おれとポワーブルは、まっすぐ敵の親玉を目指していくからな」


 大人の会話に、カレーシュがわりこんでくる。


「ぼくも行くんだよ。ソルティレージュ。置いていっちゃイヤだからね」

「しょうがないやつだな。ついてこい」


 おどろおどろしい沼地のなかの、いかにも不吉に鋭角の塔を見せる城。

 近づいていくと、門は三重の魔法で守られていた。ふつうの人間なら、かなりの腕を持つ魔法使いでも、魔法を解くことは不可能だ。複雑な上に、やっかいな仕掛けがほどこされていた。

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