第8話 魔城祭 その二


 けっこう長い時間、ソルティレージュは枕に顔をうずめていた。


「おれはなんて不幸なんだ! ひよっこのバカバカしい勘違いのせいで、愛しいアンフィニを失ってしまうなんて」

「……それは、悪かったよ。でも、あんたが浮気してなかったら、あの女の人は出ていかなかったよ」

「ああ、そうか。おれが悪いのか。どうせ、どうせ、おれのせいなのか。おれが救いようのない女好きだから」

「わかってるじゃないか」


 ソルティレージュは少年をにらみつけた。


「こら、坊主。乗りかかった船だから、母親探しは協力してやるが、それがすんだら、とっとと出てけよ? おれは誤解をとくために、そのあと毎日、アンフィニに謝りに行く」


 アンフィニの実家は森の外れにある、ゴブリンたちの王、ポワーブルの城だ。ポワーブルとお妃のエメロードが、魔法で作った娘なのだ。絶世の美女のエメロードは、今でも少女のような姿なので、アンフィニと並ぶと母親というより、よく似た姉妹のように見える。


「うん。わかった」

「だいたい、おまえ、なんで、おれが父親だと思ったんだ? 母さんがそう言ってたのか?」

「うん。ぼくのお父さんは、ひたいに角飾りをつけてたんだって。だから、あんたのウワサを聞いて、こいつしかいないって思ってたんだけど」


「悪いが人違いだな。たぶん、おれの仲間が人間のふりをして、おまえの母さんに近づいたんだ。おれたちと人間では種族が違うから、めったなことでは子どもはできないんだが。とにかく、おまえの父親が誰かわかれば、おれがそいつに知らせてやろう。おれは、おまえの母さんの匂いを知らないから、見つけるのが難しい。おまえの父親ならわかるだろう」


「匂いでわかるなんて、動物みたい」

「おまえ、ぜんぜん反省してないな。悪魔ひとの幸福をふみにじっておいて。一角獣の風上にもおけないぞ。まあ、いい。さっさと見つけて、おさらばだ。おまえ、父親の名前を知らないのか?」


「知らない。旅人だったんだって。ぼくもずっと旅してきたんだけどさ。もっと小さいころに見世物小屋の連中に捕まって、母さんと引き離されてしまったんだ。すぐに檻をやぶって逃げだしたけど、母さんがどこに行ったかわからなかったよ。ぼくは血が半分だから、あんたたちみたいに匂いをかぎわけられないんだね」


 目をふせるところは、幼くして苦労してきたことがうかがわれて、哀れな気がしてくる。


「姿もほとんど人間だからな。身体能力は人間に近いんだろう。かわりに、おれが見つけてやるから」

「うん。ありがとう」


 素直な態度は可愛らしかった。


「じゃあ、もっと詳しく聞かないとな。どんなことでもいい。父親について、母さんから聞いてないか?」

「あるよ。少しだけど。父さんは別れるときに、母さんにガチョウをくれたんだって」

「ガチョウ?」


 ガチョウ。ガチョウ。なんだか気になる。


「変だな。ガチョウ? どこかで聞いたことがあるような……」

「さては、やっぱり……」


 握りこぶしを作る少年を見て、ソルティレージュは首をふる。


「違う。違う。おれじゃない。だが、それにしても、どこかで……」


 頭をひねってみたが、思いだせなかった。


「うーん。それだけじゃな。他には?」

「ないよ」


「しょうがないな。じゃあ、おれはこれから魔界へ帰る。仲間におまえの父親を探してもらうことにするから。女にガチョウなんて妙なものをプレゼントするやつは、そうはいないはずだ。すぐわかるだろう。おまえは、ここで待ってろ」

「なんでさ。ほんとの父さんなら、ぼくも会いたいよ」


「魔界はいろいろ危険なんだ。おまえみたいな子ども、つれていけない。とくに、そんな人間の姿をしてたら、エサにされてしまう」

「ケチっ」


 少年を残して、ソルティレージュは地の底の国へ帰った。と言っても、人間の子どもを吹雪の森の一軒家に何日もほっとくわけにはいかないので、ガチョウを贈ったやつを探してほしいと仲間に頼んだあとは、おりかえし森に帰った。


 そのあと、音さたがないまま、数日がすぎた。


 少年の名前はカレーシュと言った。一角獣には馬にちなんだ名前を持つ者は多い。カレーシュとは四輪馬車のことだ。


 カレーシュはちょっとばかり生意気だが、だんだん、ソルティレージュにもなついてきた。家事や魔法の手伝いをしてくれるようになった。


「ぼくの父さんって、どんな人かな? ソルティレージュみたいに女好きなのかな? そうじゃないといいな」

「おまえ、それは失礼だぞ」


「ねえ、あの女の人には謝りに行ったの?」

「城の外まで行ったが、門前払いだ。会ってもくれない」

「ふうん。大変だね」

「誰のせいだ。まったく」


 せっかくの楽しいはずの冬が、こんな形ですぎていくのが残念でならない。この年の冬は、まるで何かに呪われているかのようだった。あの騒ぎが起こったのは、そのあとすぐのことだ。


「ねえ、ソルティレージュ。なんだか外が変だよ。冬だっていうのに、森のなかを大勢の人が歩いてる」


 たきぎを拾いに出ていったカレーシュが、眉間にしわをよせて帰ってきた。


「なんだ? 何か言われたのか?」

「べつに。人を探してるみたいだった」

「こんな季節に迷子でもないだろうに。おおかた、狼が村でも襲ったんだろう」


 そんな話をした二日後。

 半分人間のカレーシュのため、人間用の食料を買いに、ソルティレージュは森の外の街まで出かけた。市場のある大きな街まで行って、ソルティレージュは驚いた。街のなかは武器を持った兵隊が大勢うろつき、じつに物々しい。そのうちの一人に声をかけてみる。


「おい、何かあったのか?」

「なんだい? あんた」

「おれを知らないのか? 森の魔法屋ソルティレージュだ」


「こりゃ失礼しました。あなたがあの有名なソルティレージュさんでしたか。ウワサには聞いていましたよ。こんなにお若いと思わなかったので。あなたに魔法を頼むと、みんなが幸せになるそうですね。魔法使いがあなたみたいな人ばかりならいいんだが」


「魔法使いが何かしでかしたのか?」

「まだ聞いていませんか? じつはですね……」


 聞けば、近ごろ国中の街や村で、大勢の娘がさらわれている。それも評判の美人ばかりだ。

 娘たちをさらっているのは、沼地の魔法使いとして知られる、ひじょうに邪悪な魔法使いだという。

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