第八話 魔城祭

第8話 魔城祭 その一



 真冬の森は雪にぬりこめられた。ソルティレージュはアンフィニと二人、一年のうちでもっとも楽しい時間をすごしていた。


 毎日、雪が降るので、毎夜のように愛しあっても、雪でできた娘は何度でも新雪からよみがえってくる。


 この季節は森の奥の魔法屋を訪れる者もいないから、誰の邪魔も入らず、二人は心ゆくまで楽しめた。


「アンフィニ。素敵だよ。君の白雪の肌」

「でも、この前みたいに一晩に七回も外から帰ってくるのは、わたし、イヤよ? 眠る暇もないわ」

「あの日は豪雪だったからねぇ。神様に感謝」

「悪魔のくせに」


 肌と肌をかさねあって夜をすごし、昼には語りあう。そんな毎日を送っていたとき、とんでもない客が来てくれたおかげで、ソルティレージュのひと冬は、すっかり台無しになってしまった。


「やっと見つけたぞ! この悪魔め」


 吹雪のなか、雪まみれになって、魔法屋にとびこんできたのは、年端もいかない少年——それも、ただの少年ではない。ひたいに一本の角がある人間の子どもだ。金色の巻毛と青い目をして、ずいぶん可愛らしい顔立ちだ。ひたいの角は一角獣のなかでも、とくに仲間内で尊敬されている金色だ。


 ベッドのなかのソルティレージュたちを見て、少年は顔を真っ赤にして怒った。


「そうやって、また女の人を騙しているんだな? 許さないぞ!」


 ぼかぼかとなぐりかかってくるので、ソルティレージュは少年の角をつかまえて、おとなしくさせた。


「こらこら、大人の邪魔をするんじゃない。この人はおれの大事な奥さんだ。騙すだなんて人聞きの悪い」


 ところが、少年は納得するどころか、ますます腹を立てた。


「なんだって? じゃあ、正妻がいるのに、ぼくのお母さんを騙して捨てたんだな? この角を見ろ。ぼくはおまえに遊ばれて捨てられた母さんが生んだ子だ!」


 あまりにも心当たりが多すぎて、ソルティレージュはめまいをおぼえた。


「ちょ……ちょっと待て。おれの子どもだって?」

「そうだ! この変な角のせいで、ぼくと母さんが、どれだけ苦労したと思ってるんだ!」


 責めたてられて四苦八苦しているソルティレージュを見る、アンフィニの目つきが冷たい。


「ちょっと? ソルティレージュ。どういうこと? もしや、わたしがいないあいだ、浮気してたんじゃないでしょうね?」

「ええッ? そ、そんなはずないじゃないか。おれの愛するのは君だけだよ」

「じゃあ、この子どもは何? これはたしかに一角獣と人間のあいだの子よ。それ以外には見えないわ。ひどい。わたしが、いつも遠い空の彼方で、あなたのことを思いながら眠っているとき、あなたはわたしのことなんて忘れて、人間の娘とイチャイチャしてたのね?」


 違うとは言いきれないソルティレージュは、つい口ごもる。こんなとき嘘をつけないのが一角獣の美点だ。だが、美点は欠点でもある。

 アンフィニはソルティレージュの顔色を見て、暁の空のような紫水晶の瞳から、はらはらと涙を流した。


「もう嫌いよ! あなたなんて。わたし、実家に帰らせてもらうわ」

「ああ、アンフィニ……」


 ひきとめるまもなく、アンフィニは吹雪のなかに駆けだしていく。雪の精だから凍死する心配はないが、愛する人に嫌われたソルティレージュの心は凍死寸前だ。


「行かないでくれ。アンフィニ。愛してるのは君だけだよ」


 いつもの気どったポーズもどこへやら。なさけない姿で、おいおいと泣きだす。こうなると少年のしたいほうだいだ。ぼこぼこタコなぐりにして、いくらか少年は落ちついた。


「悪い魔物め。女の人を泣かせて、ひどいやつだ。ぼくの母さんに謝れ」

「アンフィニが行ってしまった。私の愛するアンフィニが……」

「まだ言うか。そんなに好きなら、どうして、ぼくの母さんにあんなことをしたんだ」

「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか。目の前で処女の肌の匂いをかぐと、普通じゃいられなくなるんだ」

「ええい。こいつめ。やっぱり憎い。こんなやつが、ぼくの父さんだなんてぇ!」


 ひとしきり、またなぐられているうちに、ソルティレージュも痛みで正気づいてきた。


「こら、人の弱みにつけこんで、さっきから好き勝手してくれるじゃないか。それでも、おまえ、おれの息子か? 父親を敬おうという気はないのか?」

「そんなものあるかァ! さっきから、ぼくの言ってたこと、聞いてなかったのか?」

「あんまり聞いてなかった。ああ……アンフィニ。帰ってきておくれ。君がいないと、私は死んでしまうよ」


「忌々しい。ぼくの話を聞けよ。おまえのせいで、ぼくは母さんとはぐれてしまったんだからな。早く探さないと、母さん、今ごろ、どこでどうしていることか……」

「なまいきなガキだが、ご婦人の命にかかわるとあれば、いたしかたない。悲しみで胸がちぎれそうなのを我慢して聞いてやろう。この吹雪のなかで母とはぐれてしまったのか?」


 少年は急にふさいだ顔つきになった。


「そうじゃないよ。母さんとはぐれたのは、ずいぶん前。もう何年になるかな。たぶん三十年くらい」


 やはり魔物の子どもだけあって、時間の感覚がズレている。


「三十年なぁ。おまえの母さんは人間なんだろう? おまえは悪魔の血が入っているから、人間よりずっと長生きで、成長するにも時間がかかる。だが、おまえの母さんはどうかな。別れたときの年にもよるが、あまり元気でいるとは言えないんじゃないかな。人間の寿命は五十年だ」

「それは……ぼくも考えないではなかったけど……」


「そうだろう。そうだろう。まあ、しょうがない。おれにも責任があることだから、ちゃんと母親は見つけてやる。母親の名前は? 名前を聞いたら、どの娘のことか思いだすかもしれない」


 またもや、少年は小さな手で握りこぶしを作った。


「こいつ、どんだけ遊んでるんだァー!」

「おまえも一角の血をひいた男なら、そのうちわかるさ。大人になればな。それで、母さんの名は?」

「ジュルビアン」


 それを聞いて、ソルティレージュはもう一度、泣かずにはいられなかった。


「ふん。やっと改心したか」

「違う! おまえ、おれの息子じゃない。そんな名前の娘、会ったこともない」

「えっ……?」


 しばらく、部屋のなかには、ソルティレージュのメソメソした泣き声だけが響いた。

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