第7話 空高く(後編)
それから何十年もの月日がすぎた。
愛する人と夫婦になって、人間の世界に残ったカランドルは、ささやかだけれど幸福な人生を送っていた。貧しいなりに楽しいことがたくさんあり、正直で誠実な生きかたをしたので、多くの人から親しまれた。子どもにも恵まれた。その子どもが結婚して孫も生まれた。
そのあいだ、カランドルは、ただの一度も人間の夫に、自分たちの犯した罪の結果を話さなかった。死んでからの運命のことは、自分一人の胸のなかにしまい続けていた。
だから、リュードブランは、ついに人生の終末を迎え、死の床についても、幸福だった生涯を思って、満ちたりた気持ちのまま、この世を去ることができた。
リュードブランが息をひきとったとき、その魂は体をぬけだして、天へと高く飛びたった。けれど、彼の魂を導いてくれる天使は来ない。暗い虚空のなかをさ迷う魂を見て、カランドルは汚れた翼を広げ、リュードブランのあとを追った。
「そっちじゃないわ。リュードブラン。そっちへ行ってはダメ。あの光を目指すのよ」
「ああ……カランドルなのかい? 何も見えない。暗くて、何も見えない」
「わたしにつかまって。つれていってあげる」
カランドルは愛する人の手をひいて、重い体に鞭を打ち、必死になって飛んだ。羽ばたくたびに、くすんで汚れた羽はぬけおち、風をとらえることができない。
二人は何度も時の奔流に流されて、きりもみした。
飛んでも、飛んでも、あたたかい光はいっこうに近づいている気がしない。
このとき初めて、カランドルは自分が天使の力をすてたことを後悔した。
(ダメよ。弱気になってはダメ。この人は悪くないんだもの。悪いのは、みんな、わたし。わたしがこの人を次の世界へ送ってあげないと……)
カランドルは、自分の持つすべての力がつきるまで飛び続けた。翼にはもう、ほとんど羽がなく、骨がむきだしになっていた。つけねからは血があふれるように流れた。
「もうダメだよ。カランドル。もう飛べない」
「がんばって。あと少し。あと少しよ」
ようやく、まぶしく輝く黄金の光が近づいた。カランドルは最後の力をふりしぼり、リュードブランの魂を光のなかへつきとばした。
「カランドル! 手を離しちゃダメだ!」
「いいの。わたしは。あなたは行って。わたしのぶんも幸せになって」
リュードブランの魂は、光のなかに尾をひいて、白い軌跡となって消えていった。
カランドルはそれを見届けると同時に力つきた。どこまでも深く
(ああ……このまま、わたしは地獄へ堕ちるのね)
だが、そのとき、誰かの手が、カランドルの体を抱きとめた。どこかで知っていた優しい香りが、カランドルを包みこむ。
「よくがんばったな。おまえの命はまもなく、つきる。だが、おれが、もう一度だけ飛べるようにしてやろう。この重い体をすてて、好きな男のところへ行くがいい」
彼女の体は小さな鳥になっていた。
彼女のなかに残っていた、なけなしの力をかきあつめてできた体だった。
ヒバリは空高く飛んでいった。
光を目指して、どこまでも、どこまでも遠く舞いあがり、空の高みへ消えていく。
その姿を、ソルティレージュは見送った。
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