第7話 空高く(中編)


 ソルティレージュは驚愕の声をあげる。


「おまえ……天使だったのか」


 すると、すぐさま父親が聞きかえした。


「天使ですって? だんな」

「ああ。おれも、さすがに天使は初めて見た。が、間違いない。ただの乙女とは思えぬ清冽な香りがしたのは、そのせいか」


 死ぬほど驚いていた父親だが、彼には思いあたるふしがあるようだ。


「ああ……やっぱり、この子は神様からの贈りものだったのか。そうじゃないかと思ってはいたんだ。あんまり不思議なことだった」


「どういうことだ?」

「じつは、この子はわしらのほんとの子じゃないんです。わしが野良に出たときに、野っ原で拾ったんでさあ。からたちの茂みのなかから赤ん坊の泣き声がするんで、のぞいてみたら、ヒバリの巣のなかに、この子がいました。わしらには子どもがなかったから、喜んで拾って帰ったんですよ」


「ふうん。あやまって天界から落ちてきたんだな。しかし、羽が生えてきたということは、大人になって、そろそろ天に帰るときが来たんだ。近々、迎えが来るだろう」


 両親とカランドルは、それを聞いて、しょんぼりしてしまった。


「それじゃ、あたし、もう、お父さんやお母さんといられないの? ブランともお別れしなくちゃならないの? そんなのイヤよ。あたし、天使じゃなくていいから、ずっと、みんなといっしょにいたいわ」


 なんて言うので、ソルティレージュは説得した。


「そんなこと言うな。天使には立派な役目があるんだぞ。人間は死ぬと魂になって、遠い世界に旅立つ。だが、個人の力では迷わずに飛んでいくことができない。だから、良い行いをした人間には天使が送られて、魂を導いていくんだ。悪人には天使は来ないし、より良い善行をほどこした者ほど、力の強い天使が送られる。もし天使の力が及ばないと、人間の魂は旅の途中で力つきて、その魂は、いい世界に行くことができず、地に堕ちてしまう。まあ、人間の言う天国とか地獄だな。どちらへ行くかは天使の力しだいだ。

 だから、カランドル。おまえはこれから天界でしっかり自分を磨いて、力を養わなければならない。そうすると、おまえを育ててくれたこの人たちや、おまえの大切な人たちが死んだとき、彼らを導いて、いいところへつれていってあげることができるんだ」


 ソルティレージュが説い聞かせても、少女のカランドルには何十年もさきのことより、今のほうが気がかりのようだ。


「でも、あたし、天使より人間でいられるほうがいい……」


 ソルティレージュは嘆息した。


「まあ、いい。それはおまえたちの問題で、おれには関係ない。どっちにしろ、おまえが天使とわかれば、おれとの約束は無効だ。おまえ、得したな」

「どうして?」


 どうしてって、天使を辱めるわけにいかないじゃないか!——と、ソルティレージュは心のなかで罵倒した。


 悪魔たちは大好きなことだが、天使には、それをすることは許されない。けがれてしまった天使の体は重くなって、うまく飛べなくなる。魂を導くことができなくなってしまうのだ。

 天界からは追放されるし、人間の世界では見世物にされるなどして、うまく暮らしていけないし、どっちみち不幸になってしまう。


 そばかすだらけのこのあどけない天使を、そんなめにあわせることができるほど、ソルティレージュは残酷な悪魔ではなかった。


「まあ、大目に見てやると言っているんだ。いいじゃないか。悪いことは言わないから、迎えが来たら、ちゃんと天界へ帰れよ」


 言い残して、ソルティレージュは帰ったものの、どうにも気になってしかたなかった。落ちつかない気分で数日すごしたのち、やはり、もう一度、会いに行くことにした。


 ぶじに天界へ帰ったかどうか心配していたのだが、行ってみれば、思ったとおりだ。


 せっかく相手が天使だから、色魔同然のソルティレージュが遠慮してやったというのに、カランドルはとなりの家の大好きな幼なじみと深い仲になっていた。迎えは怒って帰ってしまったのだという。


「なんてバカなことをしたんだ。純白だった翼が、くすんで汚れてしまったじゃないか。わかっているのか? カランドル」


「ええ、わかってるわ。これで、あたしたち、もう二度と離ればなれにならなくてすむのよ。あたしは人間として、一生、ブランといっしょにいるの」


「だから、おまえはわかってないんだ。今の一生なんて、長い転生のなかでは、ほんの一時のものなのに。おまえの好きな男は天使をけがした罪で、天使の導きを失ってしまった。次の世界へつれていってくれる者がいなくなったんだ。今の一生は幸せでも、次の世界では、きっと、とんでもなく悪いところへ堕ちて、恐ろしい悲惨なめにあうぞ。それどころか、次の世界に行きつくこともできないで、悪霊となって永遠に時のはざまをさ迷うことになるかもしれない」


 これを聞いて、ようやく、カランドルは事の重大さに気づいた。


「そんな……あたしが罰を受けるのは耐えられる。でも、そのために、リュードブランがそんなことになるなんて……」


「起きてしまったことはしょうがない。もう遅いかもしれないが、二人でなるべく功徳くどくを積んで生きていくんだぞ。おまえの羽は、おれが魔法で人目には映らないようにしておいてやるから」


 気落ちしているカランドルをなぐさめて、ソルティレージュは帰っていった。

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