第4話 一角獣の贈りもの(後編)


 可愛い弟に秘密を持ったまま、月日が経った。何度も打ちあけようと考えながら、思いとどまっているうちに、恐れていたことが起こった。ついに、子爵がソルティレージュたちの住む森にやってきたのだ。


 ある日、いつものように森を駆けていたノエルは、落魄らくはくした人間のころの兄と遭遇した。


「兄上! どうして、そんな姿に……」

「兄上だって? その瞳、たてがみの色……もしや、ノエルなのか?」


「そうだよ。ソルティレージュに一角獣にしてもらったんだ」

「なんてことだ。あのけだものめ。よくも弟をこんな姿に」


「違うよ。ぼくが頼んだんだ。ソルティレージュはとても優しいよ」

「何が優しいもんか。おまえをさらっておいて。私がどれだけ心配したと思う。お願いだ。ノエル。帰ってきておくれ。私がまちがっていた。こんなことになるとわかっていれば、富も名声もいらなかったんだ。私には他の何より、おまえが大事なんだ」


「兄上……」


 子爵の気配に気づいて、ソルティレージュが駆けつけたときには、すでに兄弟は再会をはたしていた。


「きさまだな。きさまがノエルをつれ去って、こんな姿に変えてしまったんだ! ノエルをもとに戻せ。私の弟を返してくれ!」


 子爵は無謀にも、ソルティレージュにとびかかろうとする。ソルティレージュが魔法を使って子爵を追いはらおうとすると、ノエルが泣いてすがりついた。


「やめてよ。お願い。兄上を許してあげて」

「おまえの忠告を聞かなかった。そんな愚かな人間をかばうのか?」

「だって、ぼくの兄上なんだもの」


 どんなに可愛いがって大切にしても、ほんとの兄弟の絆には勝てないのだと、そのとき、ソルティレージュは思い知った。


「おまえは……帰りたいのか? 人間の世界に」


 ノエルは泣きそうな目で、うなだれる。


「こめんなさい……」

「おまえは人間に戻ると、また以前の病弱な体になってしまうぞ。何年も経たないうちに死んでしまう。それでもいいのか?」


 ノエルの決心は固かった。


「それでも、こんな兄上を一人にしておけないよ」

「わかった」


 ソルティレージュはノエルのひたいの一本角をつかみとった。角が外れると、少年はもとのかぼそい人間の姿に戻った。


「さあ、ノエル。行くがいい」

「ありがとう。ソルティレージュ。さよなら……」


 去っていく兄弟を、ソルティレージュは見送った。


「やっぱり、これは兄さんのものだ。この角の持ちぬしにふさわしいのは、一角のなかで誰よりも気高い魂を持っていた兄さんだけだ」


 ソルティレージュは兄のむくろに、もとどおり、角を返した。


 それから数年がすぎて、虚弱なノエルは子どものまま、神様のもとへ旅立とうとしていた。ずっと寝たきりで、日に日に体力が衰え、この冬は越せないだろうと言われていた。


 ある夜、ノエルがまどろんでいると、暗い窓辺に人影が立った。ノエルは目もあまり見えなくなっていたが、それが誰であるのか、すぐにわかった。


「来てくれたんだね。ソルティレージュ」

「おまえは、おれの弟だからね」


 ソルティレージュが枕元に立つと、ノエルは微笑んだ。


「ごめんね。ソルティレージュ。あなたを一人にさせてしまったね。ぼくが二人いたら、片方をあなたのもとに残していけたのに」

「いいんだよ。その気持ちだけで。おまえはほんとに心のきれいな優しい子だ」


「ぼく、あなたのこと大好きだったんだよ。嘘じゃない。楽しかったなぁ。兄さんといっしょに野原を駆けまわったころ。ぼくの一生の宝物だよ」


 二人でいたころの思い出をはしゃいで語るノエルに、ソルティレージュは慈愛に満ちた眼差しをなげた。


「おまえを愛しているよ。ノエル。今夜がなんの日か、わかるかい?」

「クリスマスだよ。ぼくの誕生日」

「そうだね。だから、おまえにプレゼントだ。少しのあいだ、目をとじておいで」

「こう?」


 ノエルが目をとじると、ソルティレージュがかがみこんできて、言葉にはつくせない甘美なことをしてくれた。


「ソルティレージュ……何してるの?」

「おまえに私の活力をわけているんだよ」

「なんだか、すごく……」

「ほんとは男の子にはしないんだが、おまえは特別」


 やがて、ノエルのなかに、あたたかな生命の源が芳醇ほうじゅんにふりそそがれた。


「さあ、これで、おまえはすっかり元気だ。野山も自分の足で走れるよ」

「ほんと?」

「おやすみ。いい夢を見るんだよ」


 優しくキスをして、ソルティレージュは去っていった。


 そのあと、ソルティレージュがノエルのもとを訪れることはなかった。だが、あの恍惚のひとときを、生涯、ノエルは忘れなかった。




 了

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