第五話 幸福のおまじない

第5話 幸福のおまじない(前編)



 たった一人の兄を亡くしてから、表面は元気なふりをして、そのじつなんとなく沈んで見えるソルティレージュを心配して、友人のポワーブルがパーティーに招いた。ポワーブルは姿は醜い小鬼だが、これでゴブリンを束ねる地下鉱脈の王様でもあるのだ。


「よう、親友。元気だせよ。さあ、今夜はパアッと飲もうぜ」


 ポワーブルのとなりには、奥方のエメロードも婉然えんぜんと微笑んでいた。エメロードは以前は人間だったが、長いあいだ魔法で作った料理を食べ続けたので、なかば魔物と同じになって、もう百年も美しい少女の姿のままで生きている。人間の世界にも、魔界にも、めったに見られない美貌の持ちぬしだ。


「いつぞやは、お世話になりました」

「うん。元気そうで何よりだ」

「ありがとう。もう一度、あなたに会えて嬉しいわ」


 エメロードの最初の相手はソルティレージュだ。ポワーブルはそれを思いだしてヤキモチを妬いた。


「これ、おまえ。おれの親友に、そんな色っぽい秋波を送っちゃいかん。まさか、まだ、こいつに気があるわけじゃないだろうな?」

「イヤな殿様。そんなことあるわけないでしょう?」

「そうか? それならいいが……」

「…………」


 エメロードのようすがおかしいのは、ソルティレージュにも見てとれた。

 宴の席はなごやかだったが、なんとなく楽しめない。


 からになった酒壺のかわりをとりに、エメロードが席を立つと、ポワーブルが内緒で打ち明けてきた。


「なあ、ソルティレージュ。奥のやつ、おれに飽きてきたんじゃあるまいな? おまえ、どう思う?」

「さて、どうだろう? 人間ってやつは、すぐに気が変わってしまうからな。恋した相手が死ぬまでは、ずっと愛し続ける悪魔とは違う。いわゆる倦怠期ってやつかな」

「どうしたもんだか。あいつに振られてしまったら、おれは死んじまうよ」


 もともとポワーブルが一方的に恋して求めた奥方だ。恋女房に去られたら、嘘でなく死んでしまうかもしれない。尊敬していた兄と、ひそかに愛していた娘をいっぺんに亡くして、このうえ大切な友達にまで死なれては、ソルティレージュも悲しみのあまり心臓が破裂してしまいかねない。そこで、一計を案じた。


「おまえが手伝ってくれる気があるなら、なんとかしてやらないでもない」

「ほんとか?」

「だが、おまえは嫉妬深いからなぁ。辛抱できるかどうか」

「いや、我慢する。あいつが二度と心変わりしないくらい、おれに夢中になってくれるなら」

「よし。要するに奥方は、おまえのありがたみがわかってないんだ。もともと王族生まれで贅沢しか知らないからなぁ」

「奥を苦しませる気じゃないだろうな?」

「我慢すると言ったじゃないか。イヤなら、いいんだぜ?」


 ポワーブルは渋ったが、奥方に愛想をつかされるよりはと、けっきょく折れた。


「わかったよ。頼む」

「じゃあ、さっそく、おれの頼むものを作ってくれ。小人族は手先が器用だからな」


 ポワーブルは首をかしげながらも、ソルティレージュの条件を飲んだ。


 ソルティレージュには、ある策があった。というのも、数日前のこと、彼の魔法屋へ、こんな願いごとをしに来た客があったからだ。


「お願いします。王様の女嫌いをなおしてください。ロカイユ王はたいへん若く、お世継ぎもないので、このままでは悪い心のある大臣にお国を乗っとられてしまいます」


 故国の行く末を案じてやってきたのは、ロカイユ王が子どものころからのじいやだ。年寄りの頼みは断りにくいので困る。そうでなければ、今は魔法を使いたい気分じゃないんだと断ってしまいたかったのだが。


「しかしさなあ。若い男が女を嫌いだなんて、どっか体でも悪いんじゃないか? または人には言えない趣味がある」


 じいやは憤然として、上品な白ひげをふるわせた。


「王様は心身ともに健全ですぞ。ただ、あの一件があってから、ご婦人を恐れるようになられまして……」

「あの一件、とは?」


 聞けば、こういうことだ。

 王様は最初から女嫌いだったわけじゃない。となりの国に、三国一の美女と名高い姫がいて、近隣諸国の若い男は、みんな姫に恋していた。

 イヴォワールというその王女、まわりの男がチヤホヤするものだから、自分の美しさを鼻にかけて、どの男にもなびこうとしない。

 ロカイユ王も例にもれず、イヴォワールに愛情をいだいていた。が、イヴォワールは王が平凡な青年だったので、辛辣しんらつな言葉で、これを袖にした。


「あなたがこの美しいわたくしにふさわしいとお思いになって? わたくしのとなりにならぶのは、わたくしと同じほど美しい男だけよ」


 それから、王様の容姿の冴えないところを一つずつあげつらった。それ以来、王様は女というものを嫌いになってしまったのだ。


「バカなやつだなぁ。女なんて、何もその王女だけじゃあるまいに。一人に手ひどい仕打ちを受けたからって、女全部を嫌うこともあるまい」


「王様はたいへん心のお優しい繊細なおかたなのです。ですが、民のために良いまつりごとをする立派なおかたにございますぞ。なにとぞ、王に自信を持たせ、お妃様をめとるようにさせてくださいませ」


「自分の容姿が優れないから自信が持てないわけか。まあ、なんとかしてやろう。年寄りに泣きつかれてはしかたない」


 ——と、そんなことがあったのだ。

 なので、ソルティレージュはポワーブルにある注文をした。

 宴から数日後、ポワーブルがソルティレージュの家に持ちこんだのは、等身大の白大理石の彫像だ。像はエメロードを模してあった。


「こいつは凄い。さすがだな。いい出来だ。まるで今にも動きだしそうだ」

「そうだろ? うちの奥にそっくりだ。もちろん本物には及ばないがね。人間には、こんな素敵な彫像は作れないだろうよ。ところで、これを何に使う気だ?」

「まあ、あとのお楽しみさ」


 首をかしげるポワーブルを帰して、ソルティレージュがエメロードの像をかかえて向かったさきは、お城のロカイユ王の寝室だ。眠っている王の枕元に像を置いて、ソルティレージュは帰っていった。

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