第4話 一角獣の贈りもの(中編)
いくつもの森や山を越えた。
街や村が流星のように通りすぎていく。
ソルティレージュの首にしがみついて、ノエルは大喜びした。
「どこまで行くの? どうやったら、ぼくもこんなふうに走れるようになるの?」
「おまえは、おれの弟になるんだ」
「そんなことができるの?」
「いいから、しっかりつかまっておいで」
さらに、いくつもの国を駆けぬけた。
ソルティレージュは森の奥深くにある自分の家に帰ってきた。
「ちょっと、ここで待っているんだよ。すぐに帰ってくるから」
魔法の道具をおもしろそうに見ているノエルを家のなかに残し、ソルティレージュはひとっ走り、となりの国まで行った。兄のなきがらを埋めたクチナシの木のもとへやってくると、その下の大地をほりおこす。
「兄さん。ごめんよ。ノエルを弟にするんだ。兄さんの角をおれにくれ」
同じ一角獣だった兄の角を切りとって、ノエルのひたいにつけるのだ。角の魔力で、ノエルは一角獣に生まれかわる。そうすれば、ノエルは健康になるし、ソルティレージュはいつも兄といっしょにいるような心地になれる。
「あの子は、この上なく純粋な魂を持っている。一角のなかの一角だった兄さんの角を貰うにふさわしい」
兄の死体から角を切りとって、ソルティレージュは家に帰った。
「ノエル。これをつけたら、おまえも一角獣になれるぞ。おれが魔法を教えてやるからな」
ソルティレージュがノエルのひたいに角を植えると、ノエルは栗色の巻毛のたてがみの、可愛い一角獣になった。
「ああ、もう一度、家族を持てるとは思っていなかった。弟は初めてだが、すぐに慣れる」
ソルティレージュとノエルは毎日、楽しくすごした。昼は野山を駆けまわり、夜には魔法の練習をした。
ソルティレージュも人間の世界にいるあいだ、以前は人の姿をしていることが多かった。が、ノエルの前では一角獣本来の姿に戻り、毛づくろいをしあったり、干し草のなかによりそいあって眠ったり、森の新鮮な野草を食べたりした。そうしていると、幼いころ、兄のあとについて、雲を追いかけたり、おいしい湧き水をならんで飲んだことが思いだされて、心がなごむのだった。
一年、二年は、みるまにすぎた。
ノエルは一角獣の暮らしにも慣れ、しだいに魔法の腕も上がってきた。だが、まだ自在に人間の姿に化身することはできなかった。
「いいか? ノエル。おまえもわかっているとおり、人間はおれたちを見つけると、捕まえて見世物にしたり、
「はい。兄さん」
兄さんと呼ばれるたびに、甘い喜びがソルティレージュの心を満たした。ソルティレージュは可愛い弟に夢中だった。もう二度と、この新しい家族を手放さないと誓っていた。
そんなあるとき、一人で外に行ったきり、日暮れになってもノエルが戻ってこない日があった。
ソルティレージュは心配して探しまわった。栗毛の小さな一角獣の姿を求めるうちに、かなり遠くの国まで来てしまった。
驚いたのは、深い森のなかで、子爵を見つけたことだ。ノエルの人間のころの兄が、長い旅をさすらったらしく、着ているものはボロボロになり、やつれて、ヒドイありさまになっていた。とっくにお供はいなくなり、みじめで、みすぼらしかった。
「ノエル。どこだ? おーい、ノエルー!」
子爵は一角獣にさらわれた弟を探しているのだった。
それを見ると、ソルティレージュの胸はかすかに痛んだ。だが、もちろん、ノエルを返す気はなかった。ノエルはソルティレージュにとっても、もはや大切な弟なのだ。
ソルティレージュは急いできびすを返すと、子爵の居場所から遠ざかった。まもなく、ノエルがやってきた。
「兄さん。迎えにきてくれたんだね? ぼくのこと心配したの?」
「ああ。あんまり遠くまで一人で行くんじゃないぞ。さあ、帰ろう」
「うん」
ノエルが前の兄に気づかないうちにと、早々に我が家へつれ帰る。
ノエルは自分を探しまわっている子爵のことは見かけなかったようだ。
「なあ、ノエル。おれといて楽しいか?」
「うん。毎日、思いきり走ることができて、こんな幸せなことはないよ」
「そうか。ノエルは兄さんのこと好きかい?」
「うん。大好き」
「人間のころの兄さんよりも?」
すると、ノエルは悲しげな瞳になった。
「うん。人間の兄上は変わっちゃったから。もう、ぼくのことなんて忘れてるよ」
「…………」
そうでないことを知ったら、ノエルはどうするだろうか?
子爵が今もけんめいになって、行方知れずの弟を探していると知ったら?
「おれも……おまえが大好きだよ。おれの家族はおまえだけだ。おまえがいなくなったら、兄さんは一人ぼっちになってしまう」
「ぼく、どこにも行かないよ」
ノエルの無垢な笑顔を見ると、ソルティレージュの心はたまらなく痛んだ。
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