第二話 夢の恋人
第2話 夢の恋人(前編)
ソルティレージュは訪れる者すべてを幸福にする魔法使い。
森の奥の彼の家へ、お城の王様から招待状が届いた。
念願の王女が生まれたので、お祝いに国中の魔女や魔法使いを招いてパーティーをひらくのだという。可愛いお姫様に魔法使いの祝福を授けるためだ。
国一番の魔法使いであるソルティレージュも、当然これに招かれて、さっそく王様の城へ駆けていった。ソルティレージュの本性は白銀の角をひたいに持つ純白の一角獣だから、深い森を駆けぬけるのに、ほんの一時もかからない。
さて、城にはソルティレージュをふくめ、十人の魔法使いが来ていた。
どの顔も知っているので、ソルティレージュは旧交をあたためていた。が、気がかりなことに一人、足りない。
国の魔法使いは十人ではなく、十一人。
十一人めは、以前、ソルティレージュのもとで修行していた弟子の魔女だ。カボシャールと言って、たいそう強情で、ひねくれ者だ。評判のいい師匠とは異なり、世の人に嫌われていた。王様も敬遠して、カボシャールを宴会に呼ばなかったのだ。
ソルティレージュはカボシャールがなぜ、そんなふうになってしまったのか、わけを知っていた。いつも、ひそかに心を痛めていた。
お城のパーティーは華やかで楽しいものだった。お姫様は玉のように愛らしかったので、十人の魔法使いは喜んで祝福を与えた。富や健康、生まれつきの美貌がさらに際立つことや、天使の歌声、素晴らしい知性、美徳といったものが、次々と贈られた。
いよいよ、ソルティレージュの番になったとき、宴会場の窓をやぶって、とびこんできた者がある。招かれざる客のカボシャールだ。
まだ少女のような黒髪の魔女は、まっすぐに王女のゆりかごを指して叫んだ。
「王女は十五歳の誕生日に、犬にかまれて自分も犬になってしまう。王女に近づく者も、みんな犬になるだろう」
カボシャールはソルティレージュをひとにらみして、来たとき同様、つむじ風のように去っていった。
お姫様に恐ろしい呪いがかけられて、城内は騒然となった。
王様は青ざめ、お妃様は失神した。
王はすがりつくように、ソルティレージュに頼んだ。
「この国でもっとも偉大な魔法使いよ。あなたの祝福がまだでした。なにとぞ、姫の呪いを解いてください。どんなお礼でもいたしますから」
ソルティレージュは冷静に告げた。
「一度かけられてしまった呪いは、それが発揮されるまで他者には解きようがない。だが、案ずるな。たしかに姫は犬になるが、姫とピッタリあう鍵の持ちぬしとつがうことで人間に戻るだろう。姫の呪いが解けたとき、ほかの者たちの呪いも解ける。それが、おれから姫に与える祝福だ」
ますます青くなって、王は怒りにふるえた。しかし、この偉大な魔法使いが、じつは悪魔の化身だという噂があったから、悔しくても反論することはできなかった。
宴は不吉な魔法で台無しにされ、魔法使いたちはそれぞれの家に帰っていった。
ソルティレージュも森の奥の一軒家へ帰ったが、まもなくやってきたのは、魔術師仲間のシランスだ。もちろん、さきほど城に呼ばれていたなかの一人だ。
「お願いがあってきた」
「どういう用件だ? 自分じゃ手にあまる魔法なのか?」
「ああ。あんたじゃないとダメなんだ。カボシャールを幸せにしてやってほしい」
「おいおい」
ソルティレージュは人間にはただの飾りに見える、ひたいの一本角をなでながら苦笑する。ソルティレージュはシランスがずいぶん前からカボシャールを好いていることを知っていた。
「それなら自分で幸せにしてやれよ。何もおれに頼らなくても」
「カボシャールは今でも、あんたを好きなんだ。知ってるだろ?」
知っているから、よけい困るのだ。
カボシャールがまだ弟子だったころ、ソルティレージュは一度だけ彼女と契りをむすんだ。カボシャールはとても可愛い女の子だったから、悪魔の師匠も彼女を愛さずにはいられなかった。
カボシャールはすっかり師に夢中だったが、師匠のほうは、じきに彼女に興味を失ってしまった。
それは、しかたない。
ソルティレージュは一角の悪魔だから。女の子が男を知ると、愛情は冷めてしまう。それが一角獣の生まれついての性癖なのだ。こればっかりは、どうにもならない。
それで、カボシャールは怒って出ていった。師匠の顔に泥をぬるために、わざと人に嫌われることばかりしている。
「まあね。おれも、あのままではカボシャールのためにならないとは思っていたんだ。あの子は少しばかり強情っぱりではあるが、本音は悪い子じゃない。ここらで終わりにしてやらないと」
「じゃあ、頼まれてくれるか?」
「カボシャールが幸せになればいいんだろう? そのために犠牲があっても、おまえは我慢するか?」
「もちろんだ」
「じゃあ、なんとかしてやろう」
「ありがとう」
「お礼はいいよ。仲間のことだからな。ちっとツライ魔法になるだろうし」
シランスはソルティレージュに感謝しつつ帰っていった。そのうしろ姿を見送りながら、ソルティレージュはつぶやく。
「カボシャールは男を見る目がない。地味で目立たないが、シランスなんて実直で誠実な、いい男なのに」
ソルティレージュは帰宅したばかりだったが、またもやマントをかぶって出かけた。行きさきは、カボシャールが住処にしている山の洞穴だ。
「おい、カボシャール」
洞穴に入ると、ひさしぶりに訪ねてきた師匠を見て、カボシャールは嬉しいふうだった。だが、強情な彼女の口をついて出るのは、邪険な言葉だ。
「あら、人のうちに勝手に入ってきて、何か用? おおかた、さっきのことで説教しに来たんでしょ? 今さら師匠風吹かそうったって、そうはいかないわよ」
「うん、まあ、あれだ。おまえ、お姫様の呪いを解いてやる気はないのか?」
「誰が解くもんですか。あたしだけ仲間外れにしようとした罰よ」
「だが、そんなことばかりしていると、今度は自分が痛いめをみるぞ。たとえば、お姫様と同じ呪いがふりかかってくるとか。それでもいいのか?」
「望むところよ」
カボシャールは意地になって言い返してくる。ソルティレージュは微笑した。
「なあ、カボシャール。おまえは誤解してるが、おれだって、あのころはおまえを愛してたんだ。おまえが不幸になっていくのは見てられないよ」
「じゃあ、どうして、あたしを捨てたのよ」
「うーん……」
彼が一角の悪魔だということは、たとえ魔法使いの仲間でも、人間には秘密だ。そのわけを言うことはできなかった。
「まあ、ほら。浮気性のおれのことなんか忘れて、おまえも新しい恋人を作るといい。そうすれば気分も変わるさ」
言うだけ言って、ソルティレージュは洞穴をあとにした。
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