第1話 森の魔法屋(後編)



 わけがわからないまま、エメロードは旅に出ることにした。お供もつれずに馬を走らせていると、森のなかで貧相な男がいばらの鞭で小さなせむしの子馬を叩いていた。


「そこの者。なぜ、子馬をいじめるのだ?」


 男は怒りのやり場がないようすで憤然としている。


「私の親が死んだんだが、一番上の兄さんには今まで住んでいた粉ひき小屋を、まんなかの兄さんには立派な種馬を遺しておいて、末っ子の私には、こんな役立たずの子馬しかないんだ。こいつときたら働きもしないし、こんな貧乏くじがあってたまるか」


 そこでエメロードは森の魔法屋の忠告どおりにした。自分の乗ってきた名馬と、せむしの子馬を交換した。ほくほく顔で男は帰っていった。

 さて、この子馬をどうしたものかと考えていると、とつぜん子馬が人間の言葉でしゃべりだした。


「助けてくれて、ありがとう。じつは私は魔法の馬です。お礼にあなたのお役に立ってあげましょう」


 不思議な子馬をつれて、エメロードはとなりの国へと旅を続けた。大きな街へ入ると、張り紙があった。王様のお触れ書きだ。それによると、王様がお妃にしようとしているカプリッチ姫が病気らしい。姫の病気を治した者に、莫大な謝礼をするというのである。


「さあ、あなたの出番ですよ。お姫様の病気を治しに行きましょう」と、せむしの子馬が言った。


「でも、私に治せるかな?」

「心配ありません。なにしろ、あんたは知恵の実を食べたんだから」


 せむしの子馬に言われて、エメロードは城へむかった。


 大広間に通されると、老王はさっそく婚約者のカプリッチ姫の寝所へつれていった。姫の病気は難病だったが、知恵の実の威力は抜群で、エメロードにはその治しかたが、ひとめで読みとれた。


 まもなく、カプリッチ姫はめでたく全快した。しかし、ここで一つ、ぐあいの悪いことが起こった。

 パッチリと元気に目をひらいた姫は、自分を治してくれた若い医師を見て、その美しさの虜になってしまったのだ。


 もともと、カプリッチ姫は年老いた王との結婚を望んでいなかった。悪魔でさえ魅入られるエメロードの美貌を前に、抵抗のすべなどない。


 嫉妬深い王は、ただちに姫のそぶりから、移り気に気づいた。陰険な目つきでエメロードをにらみ、口もとだけで笑う。


「ところで医者よ。そちに礼をせねばな。金貨をたまわってもいいが、それではつまらん。わが王家に伝わる秘法があるのだが、そちに授けて進ぜようではないか」


 王様の目つきが気に食わなかったので、エメロードは辞退しようとした。が、そのとき、せむしの子馬がこっそり耳打ちした。


「お受けしなさい。きっと、よいことがあるから」


 しかたないので、エメロードはかしこまって、これを受けた。


「そうか。受けるか。よしよし。今すぐ支度させよう。これ、皆の者。湯を沸かすのじゃ。大鍋にあふれんばかりな」


 王様の言葉を聞いて、蒼白になったのは、カプリッチ姫だ。召使いたちが庭に大鍋を持ちだし、まきをくべて湯をわかすという騒ぎをくりひろげるなかで、物陰に手招きして、エメロードに忠告した。


「いけません。これは褒美とは真っ赤な偽り。秘法は秘法でも、お守りなしで鍋につかると死んでしまいます。事実は罪人を煮殺してしまうための口実ですよ」


 そう言うと、すばやく自分の白い指を針でついて、三滴の血をハンカチにすりつけた。


「さあ、これをお持ちになって。王家に伝わる秘法では、処女の血をお守りにすると、ぶじに煮え湯のなかで生きていられるのだとか。そればかりか、それはそれは美しい姿に変身することができるそうですよ。以前、王様から聞いたのですけれどね」


 エメロードはありがたくお守りをいただいて、いざ煮え湯の試練にいどむこととなった。


 まずは王様が自ら手本を示してやろうと言いだす。もちろん、王様は隠密に手配したお守りを身につけている。


「さあ、これが王家に伝わる秘法の薬だ」


 王様は薬を煮えたぎる鍋にそそいで身をひたした。

 すると、どうだろう。よぼよぼだった王様が、みるみる若返り、たくましい青年になった。意外にも王がりりしい若者なので、結婚をいやがっていたカプリッチ姫も驚いた。


「あら、けっこう、いい男じゃない」


 なんて、今さらつぶやいている。


「さあ、医者よ。次は、そちの番だ。それほどに美々しいそちなれば、秘法をもちいれば、もはや天地に及ぶ者なき美形になるだろう。ささ、入れ。遠慮することはないぞ」


 王はエメロードを殺してしまうつもりだが、すでに秘密のお守りを持っているエメロードは、臆することなく煮え湯のなかにとびこんだ。


 そのとたん、魔法がエメロードの姿を変えていった。

 ただし初めから詩にも絵筆にも尽くせぬほど麗しいエメロードは、それ以上、どのようにも美しくしようがなかったので、美貌はもとのまま、王子の体を女へと——世にもまれなる美少女へと変身させた。


 エメロードがあわてふためくうちに、せむしの子馬がとびだした。エメロードを鍋からすくいだし、自分の背に乗せると、そのまま風のように駆けだしていく。その姿はもう貧弱なせむしの子馬ではなく、白銀のたてがみと白銀の角を持つ、妖美な一角獣ユニコーンになっていた。


 一角獣はエメロードをさらって街を駆けぬけた。森の奥へつれこむと、比類ない美少女を木陰になげだした。ビックリしているエメロードの上にのしかかり……まあ、なんというのか、逞しい一角で夢中にさせたのだった。


 やがて、美少女を離して立ちあがったのは、ひたいに一本角のあるソルティレージュだ。


「美味しかったよ。とびきりの味だ。ごちそうさま」

「イヤだよ。お願い。もう一度」

「悪いが、おれは一度きりなんだ」


 つれない態度の魔法使いにエメロードが嘆願していると、森のなかからポワーブルがやってきた。ポワーブルはこのありさまを見て憤激した。それは当然と言える。


「おいこら、ソルティレージュ。おまえ、なんてことしやがる。花嫁におれよりさきに手を出すなんて!」

「そう怒るなよ。おまえの一番の宝物をくれると言ったじゃないか。おまえの宝は、この子だろう? それに、この子は、いい匂いがした」

「わかってらぁ! 処女しかその気になれない一角め」

「この子だって大切なものをくれると約束したんだ。ほら、今なら、この子もおまえをこばまないぜ?」


 それで、どうなったかって?


 ポワーブルは醜い小人だけれど、持って生まれた道具だけは、たいそう立派だったので、エメロードはすっかり、それに惚れこんだ。


 その後、エメロードとポワーブルは盛大な式をあげて夫婦になった。

 エメロードの両親は王子が王女になってしまったことに驚いたものの、花婿が地上では見られない世にも珍しい数々の贈り物をしたので、娘の婚姻を喜んだ。


 新夫婦は森の外れに城を造って、誰にも邪魔されず愛しあった。


 となりの国では、若返った王にカプリッチ姫がお熱になって、こっちも、つつがなく婚礼の運びとなった。


 どちらの夫婦も末永く幸せに暮らしたのだとか。


 今は昔。

 ソルティレージュはすべての人を幸福にする魔法使い。

 だから、森の魔法屋は今日も盛況。




 了

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