割れた。改稿
その日の朝、教室のガラスが割れていた。
朝、私がいつものようにチャイムが鳴るギリギリで登校したときのことだ。まだ眠たい。大きな欠伸をして酸素を取り入れていれながら歩いて教室に向かっていると、
「何かが割れた?」
「なんで?」
「だれがやった」
廊下にいた誰もこぞってそう言っていた。その騒ぎの中心は私の教室のようで野次馬のように他クラスの生徒が群がっていた。
人混みを押しのけて私は教室に入った。
教室ではスクールカーストの上位である本郷が何も知らないと言わんばかりに教室の隅で取り巻きと楽しそうに談笑していた。私は彼女が割ったと睨んだ。
ガラスの破片廊下から二番目の一番後ろの机の下に散らばっていた。そこは今月頭に転校したとある生徒の場所だと記憶している。
クラスメイトはガラスを割った張本人であろう、あたふたとしている女子生徒を心配していた。
「けがはない?」
「大丈夫?」
「破片危ないから気を付けて」
「誰よ。こんなところに置いたの」
誰も「なんで割れたの?」と割れたものを心配するものはいなかった。
それもそのはずだ。
幸いなことに割れたものは高価でなかった。その辺の100円ショップで買える花瓶だった。粉々に砕け散り花瓶という面影は残していなかったが、私は隅っこでひっそりとほこりをかぶっていたのを覚えている。
優しくて気が利くと評判の高い男子生徒が掃除用具から箒と塵取りをもって破片を集めだした。周りは彼の手伝いをするように机をどけて破片を見えやすくしていた。
しばらくすると担任が教室に現れた。
そのころにはもうすっかり後の祭り。腫れものを触るまいと、割れたことを話していなかった。破片はというと綺麗に集められ、透明なビニール袋に入れられて瓦礫置き場に運ばれて行った。
担任はいつものようにHRをした。まだ教師になったばかりで人前で話すのは慣れていない。たどたどしく今日の予定を告げた。
いつもの日常である。
担任がそのことに気づいたのは掃除の時間だった。今日の授業が終わり、脳が疲れ切った私は掃除をサボるように窓際から外を眺めていた。
青空に白い雲が流れる。時折、私を退屈させないかのように形を変える。
「鍵宮さん。掃除しよう?」
後ろから諭すように話しかけてきた。振り返ると先生が立っていた。
「すみません。ちょっと疲れたもので」
「今日はあと少しよ」
「そうですね」
梃子でも動く気のなかった私に先生はため息を吐いた。
「だったら、花瓶に水を入れてきてもらおうかしら?」
私はどう反応していいのかわからなかった。
目をそらし、花瓶があったと思われる教室の隅を見つめた。
「どうしたの?」
釣られたように先生も見つめた。
「え?」
一瞬、悲しい表情をした気がした。
「先生?」
心配するように私は声をかけた。
「大丈夫、ちょっと驚いただけ。私、他のところも見てくるから。ちゃんと掃除するのよ」
先生はその場から逃げるように立ち去った。
放課後いつも様に帰宅しようと荷物をまとめて立ち上がる。すると声をかけられた。
「鍵宮!」
その声は罵声に近かった気がする。どこかイライラしていた。少なくとも今から楽しいことをする声ではなかった。声の方に顔を向けると今朝あたふたとしていた本郷とその愉快な仲間たちの姿がそこにはあった。
「何? 私、帰りたんでだけど」
本郷と私の接点は一つもない。近所というわけでもなければ同じ小学校というわけでもない。ましてや友達でも何でもない。ただのクラスメイトだ。
「ちょっと面かせ」
取り巻きが頭の悪そうな不良のように私の逃げ場を閉ざした。
私は仕方なく彼女らに従うしかなくなった。
彼女らに連れてこられたのは人気のない空き教室だった。
声を出してもきっと誰も来てくれないであろう。そんな離れに連れてこられた。
「で、何?」
彼女らは私を取り囲むようにして立ち。気持ち悪い笑みを浮かべた。
「お前がチクたんだろう」
中心である本郷が私に問いた。
「何の話?」
「とぼけるな。先公があんたと話した後にこっちに来た。そのことを美里が目撃してるんだよ」
美里というのは多分あの愉快な仲間たちの一人なのだろうか? 私が先生と話したのはあの時しかない。だったら話は早いと切り出した。
「私がさぼっていたから先生に注意された。それだけ」
事実を正直に述べた。取り巻きはぽかんとまるで狐に包まれたような顔をしていた。その一瞬を見計らって取り巻きの間を抜けた。教室を抜ける直前、静かな空間に彼女の「お前が悪いんだ」という声が響いた。
その日を境にして人生は変わった。
本郷が何かと突っかかってくるようになった。
最初は授業中ゴミを当てられる程度だったが、次第にそれはエスカレートした。私が何かをする度に陰口をいいだし、ひどい時は黒板や机に落書きやらゴミを置かれる等といった愚行が見られ始めた。遠巻きで見ていたクラスメイトは自分達が矛先をむけられないされように慎重に彼女らの行動をうかがっていた。教師も見てみぬふりになった。
私は休むようになり、引きこもりながら勉強を続けた。
一年後、クラス替えをしたと学校から通達が来た。あいつらとは違うクラスになったと聞いた。久しぶりに登校してみると周りは奇妙な目で私を見た。
私に気づいた元担任は「おはよう」と優しく声をかけてくれたが、うつむいたまま歩いた。
気分が悪くなったので早退するつもりで新しい教室に入ると、私が座るであろう椅子の下にはガラスの破片が散らばっていた。
私はすぐに帰宅した。
短編物語集 ミュウ@ミウ @casio_miu
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